第一話
冷たい風がーーまるでこれからの運命を感じさせるように酷薄な風が、彼女の髪をなびかせた。
生体LAN直結ドラゴン運輸機につらされた、むき出しの鳥籠のような檻の中で、ボロ切れ一枚纏った少女は、顔にまとわりついてくる切り裂くような粉雪も感じず、ただ虚無的な目をどこへともなく向けているのだった。
そんな状態なのは彼女ばかりではなかった。ドラゴンの胸から鈴なりにつらされた檻の中の少女たちは、死んだように覇気がなかった。
それはむろん高高度下における空気の薄さや、吹雪いてくる雪の冷たさが、彼女たちの体力を奪っていたためでもあるが、なによりこれから自分たちに待ち受けているであろう過酷な運命に絶望し打ちひしがれていたからだ。
そのとき、檻のひとつが鎖から外れ、地上へと落下していった。その中にいた少女は悲鳴を上げるいとまも体力もなかった。地上はどこまでも広い凍った海。助かることはまずないだろう。
彼女はそれを見ながらとくになにも感じない。たた、あ、落ちた、と、思った。
ドラゴンの背の騎乗ハッチが開いて、中からバイザー状のサイバーサングラスをかけた男が顔を覗かせ、毒づいた。
「ああ、クソッ! 大事な商品が一個落ちちまった」
「どうする?」ドラゴンと脳をLAN直結した運転手が前を見ながら呼ばわった。
「賊に襲われたことにするべ。遅れた言い訳にもなるしな」
上の会話をおぼろげに聞きながら、そのとき、さすがの少女も目を見開いた。
吹きすさぶ雪の中からあらわれた、その圧倒的偉容に割れ知らず心胆奪われてしまったのだ。
まだ数十キロ離れているはずだが、それはあまりにも巨大でここからでもはっきり見て取れた。
それは全長数十キロにもおよぶ黒い尖塔の束のような建築物であった。そして、おお、見よ、光をすべて吸収しているかのような黒い尖塔の表面を葉脈めいて赤い光が駆け巡っては消え、駆け巡っては消えを繰り返しているではないか。なんと神秘的な光景だろうか!
しばし彼女は心を奪われていると、眼前の雪が嘘みたいに突如として晴れた。そして彼女の網膜に七彩の宝石が散りばめられた。
その目に写ったのは、神秘的な建築物の足元に群がる小さなーーと、いっても地上数百階はあるだろうーー建物の色とりどり極彩色の明かりであった。
「……綺麗」
彼女は思わず呟いた。このとき彼女の凍っていた心にかすかだが暖かい灯が灯った。
『え〜こちら543便。着陸許可を』
ドラゴン運輸機は七彩の光の海の中に飲み込まれていった。
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