表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/117

008 チーターの力

 俺は大の字に寝っ転がったまま、呆然と空を見上げていた。

 豆粒のようになった飛行船を目で追っていたが、やがてそれも見えなくなる。


 かわりに雲を追いかけていると、


「サンちゃん」「三十郎」


 姉妹たちの声がした。


「……ああ、お前らか」


 もはや虚空となった空から視線を外し、姉妹のほうを見やる。


 ふたりとも重病人を見舞いに来たかのような心配そうな表情をしていた。


「……なぁ……俺とオヤジの話……聞いてたか?」


 尋ねると、揃ってコクリと頷いていた。


「……お前らは……オヤジがニセモノだって、気づいてたか?」


 ふるふると首を左右に振る姉。隣の妹は「えっ!?」となっている。


「うそっ、信じらんないっ!? マジでふたりとも気づいてなかったの!?」


 まるで異星人でも見るかのように、俺とルナナの顔を交互に見ている。


「……バンビはわかってたのか」


「あたりまえでしょ!

 だって、顔つきとか体格とか喋り方とかあからさまに変わってたじゃない!

 それも月イチで!

 急にデブになったりノッポになったりマッチョになったりしてたじゃない!」


「俺は……オヤジのことは無視してたから、ぜんぜん気づかなかった……」


「私は……お父さんの身体つきがたまに急激に変わるなぁとは感じてたんだけど……。

 短い時間でずいぶん鍛え直したのね……くらいにしか思ってなくって……。

 まさかニセモノだったなんて……」


 叱られた子供のようにしおれる俺とルナナに対し、我が妹は頭痛を和らげるかのようにこめかみを揉んでいる。


「まったく……ふたりとも……。

 ハアッ……ま、気にしてもしょうがないか……もういいからお姉ちゃん、料理の続きしようよ。

 三十郎もいつまでもこんなところで寝てないで、部屋にでも戻ったら?」


 諦めにも似た言葉だったが、ルナナは素直に頷いた。


「うん、そうね。スペシャルディナーを作んなきゃ。サンちゃんもおっきしよ、ね? パーティの準備ができたら呼ぶから、お部屋で待っててね」


 俺は姉妹の手によって引っ張り起こされてしまった。

 でも、確かにこうしてても仕方がなかったので、揃って家の中へと戻ることにする。


 ふたりとも、オヤジのことはそれ以上口にしなかった。

 もちろん、『愛の神』やら『チーター』のことも。


 まぁ、それもそうか。あんな白昼夢みたいな出来事に、なんてコメントすりゃいいんだ。

 でも、もしかしたら俺たち三人は集団催眠にでもかかってたのかもしれない。


 考えれば考えるほど、なんかそんな気がしてきた。


 オヤジは俺に、愛の神に仕える神獣チーターの力を授けた……とかぬかしてたけど、俺はなんにも変わりねぇ。

 海をふたつに割るような奇跡の力も湧いてこないし、背中から後光がさしてくる気配もない。


 そうだ……そうじゃねぇか。

 なんにも残っちゃいないってのが、夢であることの何よりの証明じゃねぇか。


 まったく……なにがハーレム王だ。なにがモテモテ坂だ。なにが愛の妖精だ。


 そんなことより俺は『ファイナルメンテナンス』のアップデートで追加される新エリアのことで頭がいっぱいなんだ。


 自室の前にたどり着いた俺は、キッチンに戻っていく姉妹の背中を見送ったあと、スッキリとした気持ちで扉を開いた。


 出迎えてくれたのは、


「うおおおおーーーーーーーーっ!? エロっ、エロっ、エロぉぉーーーっ!?」


 妖精……たしかテュリスといったか……の雄叫びだった。


 いつの間にか姿が見えなくなってたから、アイツも夢のカケラだったんだろうと思いはじめてたのに……こんなところにいやがったのか


 ベッドの下に入れてある衣装ケース。

 そのひとつを同人誌の隠し場所にしてるんだが、テュリスはタンスに潜り込んだ猫みたいに全部引きずりだしていて、床にぶちまけていた。


 部屋を掃除しに来るルルナ避けに、表面は女教師陵辱モノで覆ってある。

 だがその下にある、本命のヤツまで白日の下に晒してやがる……!


「このパンフレットみたいな本、ごっつエロいやん!

 エッローっ! エロロ軍曹!

 おおぅ、危うくエロマンガ島に不時着するところやったで!

 うわあっ、こっちもエロっ、エロエロアザラク!」


 花を渡り歩く蝶のごとく、いかがわしい表紙の本の上を行ったり来たりしている妖精。


「こんだけエロエロ言うとったら、ひとつくらい工口(こうぐち)が混ざってても気づかれへんやろ!? 工口さんもとんだ災難やでぇ……!」


 意味不明のことを叫んでいるところを、背後からそっと手を伸ばし……グッと掴みあげる。


 テュリスは巨人に掴まった人類のように暴れていたが、俺だと気づくと電球のようにパッと顔を明るくした。


「あっ、進撃の旦那! よう来たなぁ!」


「誰が進撃だ。それにここは俺の部屋だ。勝手に荒らすな。しかもピンポイントに」


 少し懲らしめてやろうと、胴体を握る手に力を込める。


「ギーヤー!? トムにつかまったジェリーの気分っ!」


 大げさにもがき苦しむテュリス。明らかに芝居とわかったので、ハンドグリップのようにニギニギしてやると、


「バッキーオッヘア!? 妖精で握力鍛えちゃらめぇぇぇぇ!?」


 アヘ顔になったところで解放してやった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ