078
夜。夕食を終えた俺はまたエリカの様子を伺った。
いまは夜の8時。約束の時間から16時間が経過している。
さすがにもうあきらめて帰ってるだろう、もしまだいたら笑い死ぬ……と思っていたら、なんと、まだいた。
しかも、複数の男たちとなにやら揉み合っているところだった。
「おい! トモとミキも待ってるから、行こうぜエリカ!
週末はいつも朝までオールしてたじゃねぇか!」
男たちのリーダー格は、レオンだった。
よく見ると、取り巻きの男たちは同じ学校のヤツらじゃねぇか。
「離せよ! ウチは三十郎を待ってんだ! 邪魔すんじゃねぇよ!」
「アイツの何がそんなにイイんだよ!?
それよりも俺んトコに戻ってこいよ! そのほうがずっと楽しいって!」
「ハァ? 三十郎のほうが何兆倍もイイに決まってんだろ!
そのキモい顔近づけるんじゃねぇーよ! くっせぇんだよ!」
「それ、前に三十郎に言ってたコトだろ!? 一体なにがあったんだよ!?」
「うっせぇ! ウチはもう一生、三十郎についていくって決めたんだ!
だから消えろ! ってか、離せ! 離せってばぁ!」
エリカは取り巻きに押さえられた腕を振りほどこうとしている。
スキあらば食い千切ろうとする暴れ竜のようで、大口でグアーグアーと威嚇している。
捕獲ミッションさながらの迫力だった。
「ついていくって……朝からずっと待ってるのに来ねえんだろ? もうあきらめろって!」
「うっぜえええ! 三十郎は来る! 絶対来るって言ってたんだ!」
「くそ……おい、こうなったら無理矢理にでもさらうぞ!」
説得はあきらめたのか、レオンは強硬手段に出た。
「せぇーの」というかけ声とともに、ひょいと持ち上げられるエリカ。
女王炎龍などと呼ばれていても、やはり女の子……野郎どもの手にかかってはひとたまりもない。
「やめて! やめろって! 降ろせよ! 三十郎が来たらどうすんだよ!」
「もう来ねえって! それに来たとしても、俺が追っ払ってやっから!」
胴上げのようにして運ばれていくエリカ。
俺との待ち合わせのベンチから、少しずつ引き離されていく。
「やめろ! やめろ! やめろおおおっ!
三十郎! 助けて三十郎! 三十郎! さんじゅうろぉおーーーっっ!」
狂ったように振り乱す、エアリーカール。
逆鱗に触られた龍のような咆哮とともに、瞳からこぼれ落ちたものを……俺の目は、たしかに捉えた。
煌めくような、黄金の粒。
それは、夜の闇にひときわ映え……一等星の流れ星のようなゆったりとした軌跡を描きながら……アスファルトに弾けて消えた。
女の涙……。
それは大人だろうが、子供だろうが……処女だろうが、ビッチだろうが、変わりない。
等しくして、美しい。
そして地球よりも重い、真実のひとつぶ……!
俺は、むしり取るようにバンダナを上げる。
「おい! テュリス! テュリスはどこだ!」
「……なんや」
やる気のない声。
見ると、妖精は壁に向かってフテ寝していた。
「デレノートの効果は、どうやったら消える!? 名前を消せばいいのか!?」
俺は返事を待たずに机の上にデレノートを開き、『雷横恵里果』の名前を消しゴムでこすってみた。
が、いくらゴシゴシやっても消えない。ボールペンで書いたからだ。
「だから言うたやん……デレノートに一度書いたものは、取り消せんから慎重に決めやって……」
妖精はほとほと呆れ果てた様子だった。
俺は修正液をぶちまけてみたが、白い液の上から文字が浮かび上がってきて、絶望してしまった。
その様を、妖精はすっかり愛想をつかしたような顔で眺めていたが、
「はぁ……やれやれ……。
愛の妖精であるワイが、デレノートを傷つけるようなこと、ホンマは教えたらアカンのやけど……しゃあないなぁ、特別やで?
書いてあるページを破れば、そこに書かれていた名前は」
妖精の続きの言葉を待たず、俺はひとりしか名前の書いていないページを引き裂いた。
「ちょっと、出てくる!」
そして部屋の外に飛び出す。「あっ、待ちいな!?」と呼び止められるのも無視して。
階段から転げ落ちそうになりながら1階まで降り、靴のカカトを踏んづけたまま玄関を飛び出す。
外に二本のモップが立てかけてあったので、むんずと掴んだ。
走って行こうかと思ったが自転車のほうが速いと気づき、地下の駐車場に降りる。
俺の折りたたみ自転車はなかった。
そういえば、先週の休みにリンを追いかけたときに、商店街の裏路地に停めたままなんだった。
しょうがないのでルナナのママチャリを借りる。ルナナは二輪の自転車には乗れないので三輪のやつだ。
三輪であるならば転ぶことはないはずなのだが、ルナナは三輪の安定性をも越えるドジを発揮するので、この自転車でもたまに転んでいる姿を見かける。
それはさておき、俺は三輪自転車に跨ると猛然と漕ぎ出した。
立ち漕ぎで全力疾走し、行き交う車の間をぬって隣町の駅を目指す。
途中、何度も事故りそうになったがスピードは緩めかった。




