075
「は……はい! 三十郎! ミックスグリル定食、おまたせ!」
エリカは体温調整する犬のように激しく息を切らし、まだ鉄板がじゅうじゅうと音を立てているハンバーグやチキンステーキの乗ったトレイを差し出してきた。
その間、二分四十秒。新記録樹立だ。
困らせてやるために無理難題をふっかけたつもりだったが……コイツは成し遂げやがった。
しかもその手段がまさか強奪とは、予想外の解決方法。
思いついても普通やんねぇよ、スゲェなコイツは。
俺の中では軽蔑と賞賛が入り混じっており、複雑な思いで嘆息する。
「……お前は山賊か。制限時間はナシにしてやるから、ソイツを返してこい」
エリカは褒めてもらえるかと、期待でお目々をクリクリとさせていたが、しゅんとなった。
「ええっ、ウチ、三十郎のためにがんばったのに……」
「だからって奪っていいわけじゃねぇ、ちゃんと並んで買ってくるんだ」
「……はぁ~い」
エリカは渋々といった様子で背を向ける。
そしていまだ立ち尽くしている生徒の元に戻っていった。
正当な手段で入手したミックスグリル定食。俺はそれを賞味していた。
「食べている」というよりも「賞味している」という表現のほうがしっくりくる状態で。
左手はだらんとして、右手はエリカの肩にまわしている。
胸を触りたいがそんな度胸はまだないので、指先でふわふわの髪の毛を弄ぶ。
口をパカッと開けると、ひとくちサイズになった肉が口に運ばれてきた。
熱々だが、フーフーされているので食べやすい。
俺はそれを噛んで、飲み込むだけ。
俺にベタ惚れの女がすべてやってくれるので、楽ちん楽ちん。
左手が手持ち無沙汰なのがちょっと不満だが……あ、そうだ、左側はシキでも座らせようかな。
噛むのも面倒だから、フーフーしたやつをシキに噛ませて、口移しで食べさせてもらうんだ。
そうすれば俺は、飲み込むだけでよくなる。
いや、別にエリカとシキじゃなくてもいい、日替わりでもいいんだ。
女をとっかえひっかえ……ふふふ、それこそまさに、ハーレム王じゃねぇか。
想像するだけで顔にしまりがなくなる。
上流と下流、それぞれ違う場所ではあるが、同じようにねめつけてくるレオンとリンの視線もなんだか心地いい。
手にしていた割り箸はもうバッキバキに折れている。
ふふふ、お前ら、そんなにヤキモチ焼かなくてもいいって。
なぜかって? 週明けにもエリカは、レオンの元に戻ってるだろうからな。
それも、ボロボロになって……な。
今朝のトイレで俺は決めたんだ。
エリカは切り捨てる、と。
こんなビッチは俺のハーレムにふさわしくねぇ。便器が関の山だ。
だったらたっぷり仕返しをして、便所紙のようにポイ捨てにしてやるのがお似合いだと考えたんだ。
このベタ惚れ状態のビッチを、多くのヤツらが見ている前で辱めてやって、これ以上ないくらいのひどいやり方で振ってやるんだ。
そのくらいしなきゃ、コイツに受けてきた俺の傷は癒えねぇ。
コイツに盛大な復讐を果たしてこそ、俺は真のハーレム王になれる気がするんだ……!
「ね、ね、三十郎様」
俺がいかにしてひどい目に合わせてやるか考えているとも知らず、糞ビッチはウキウキと話しかけてきた。
「明日は休みだし、どっか行こうよ。
天井がプラネタリウムになってて寝ながら歌えるカラオケがあって、いちど行ってみたいんだよね。
そのままエッチもできるんだって、ウチとひと足はやい七夕エッチしようよ~」
「なんだその頭の悪そうな施設。
それに二言目にはエッチエッチ言やがって……お前は鉛筆か。
もう糞ビッチどころじゃねぇ、スーパー糞ビッチだな」
俺はもう、歯に衣は着せない。
「ひっどーい」
もう慣れたのか、罵られてもさして怒る様子もないエリカ。
俺の耳元にさっと顔を近づけてくると、
「ウチはまだバージンだよ」
ちょっと照れたようにささやく。
「へっ」
つい間抜けな声をあげてしまった。
もうコイツになにを言われても動じるつもりはなかったのだが、この告白はちょっと意外だ。
見ると、エリカはえへへ、と笑いながらひとさし指を唇に当てていた。
「これは他のヤツにはナイショね。バカにされちゃうから」
ふたりだけの秘密だよ、とばかりに……ぱちん、と桜の花びらのような瞼を片方だけ閉じてみせる。
くっ……! か、かわいいっ……!
リンのときもそうだったけど、俺は、女のウインクに弱いんだ……!
ビッチのウインクなんて、金のニオイしかしねぇよなとか思ってたが、とんでもねぇ……!
こんなのをやられ続けたら、心臓麻痺で死んじまう……!
完全犯罪を許しちまうよ……!
だ、だが、こんなので復讐の手を緩めたりはしねぇ。
ちょっと許しそうになっちまったけど。
俺は心を悪魔に売り渡す思いで、次なる難題を投げかける。
「……よし、じゃあ、デートしてやってもいいぞ」
「えっ、マジ!? やった!」
「ちゃんとお願いすればな」
「するするする! 三十郎様、三十郎様、ウチとデートしてくださいっ!」
エリカは地蔵を拝むかのように両手をこすり合わせ、ペッコリと頭を下げた。
どうやらコレが、コイツなりの「ちゃんとお願い」らしい。
ついローラばりに「オッケー!」と即答しそうになっちまったが、ギリギリで堪えた。




