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昼休みになった。
「おい、エリカ、メシ行こうぜ」
とレオンと取り巻きが誘ってきたが、エリカは物乞いを前にした貴族のようにシッシッと追い払っていた。にべもない。
舌打ちしながら離れていくレオンたちに続いて、リンがやってくる。
リンは弁当の入った包みをぶらぶらさせながら、俺とエリカの席に近づいてきて、
「三十郎はエリカちゃんとふたりっきりで食べるんだよねぇ~」
と言い捨て、さっさと教室から出て行ってしまった。
エリカは「トーゼンじゃん、ねー、三十郎様」と言っていたが、俺はエリカを引きずって食堂に向かった。
食堂の入り口近くにある窓際の席、リア充たちの支配するスペースを通り過ぎる。
奥はリンとシキがいる最底辺の辺境だが、その手前であるキョロ充たちの空間で、適当に空いているテーブルについた。
「えーっ、ここってど真ん中じゃん、なんでこんなトコなの?」
とエリカは不満そうだったが、
「ここなら、俺とお前がラブラブな所を、学校中のやつらに見せつけることができるだろ?」
と言ってやると、糞ビッチは打ち上げ花火のようなパアッと輝く笑顔になった。
俺はその顔に向かって、当然のように命じる。
「よし、俺はミックスグリル定食だ。三分で持ってこい」
エリカは素直に「オッケー」と応じたが、
「あ、でも三分は無理だって、あんな並んでるし」
手タレみたいにキレイな指で示した先には注文カウンターがあって、大勢の利用者たちが行列を作っていた。
だが、そんなことは百も承知だ。わかっててわざと厳しい制限時間をつけたんだ。
「口答えすんな、さっさと行け!」
俺はエリカの胸倉をむんずと掴んで、後ろに突き飛ばした。
「きゃ」とビッチらしくない悲鳴をあげてよろめく。
ブラウスのボタンを外しているせいで、胸がはだけてブラの端がチラ見え。
ちょっと動揺しかけたが、心を鬼にする。
「糞ビッチ、三分だ! 持ってこれなかったら、どうなるかわかってんだろうな!」
怒鳴られ、さあっと青い顔になったエリカは、
「わ、わかりました!」
慌てて踵を返して走り出した。その背中を見送りながら、俺は思う。
……ヤツはこの学校に入って一度も注文カウンターを利用したことがないはず。
いつも取り巻きに買いに行かせてるみたいだからな。
ビッチ初めてのおつかい。しかもそれは自分のためではなく、俺のためなのだ。
かつての彼氏候補ナンバーワンであるレオン、以下に続くキョロ充の男ども、取り巻きのトモとミキ……そしてリンやシキ、さらにはクラスメイトどころか上級生や下級生にいたるまで……エリカという女を知っている人間は、もれなく目が点になっていた。
そりゃそうだ、女王がパシリをしてるんだからな。否が応にも注目の的だ。
しかし、エリカ自身は衆人のことなど気にする余裕もないようだった。
それまで築き上げてきた女王のプライドをかなぐり捨てるかのように、青い顔で半泣きになり、金色の髪をキラキラと振り乱して券売機に走る。
ずしゃあっと転んでも、俺に嫌われたくない一心で痛みをこらえて立ち上がり、行列を押しのけて券売機の先頭に躍り出る。
震える手で財布から金を取り出す。うっかり小銭をぶちまけても拾うこともせず、バラエティに富んだ券売機のボタンの中からミックスグリル定食を探す。
合格発表で自分の番号を探すかのような真剣な表情、見つけた瞬間に親の敵のようにボタンを連打する。
しかし、反応しない。
壊れてるのかとダンダンやりはじめ、見かねた生徒から、IDカードをかざさないと買えないと教えてもらっていた。
ようやく発券されたチケットをもぎ取ると、お釣りは無視して後ろに並んでいた人を突き飛ばすように再び駆け出す。
そのみっともない姿はまるで、命のかかっている借り物競争をしているかのようだった。
当人は必死なんだが、見ている方は非常に滑稽というやつだ。
なんたって制限時間は三分。
食券は買えてもそこから行列に並んでいては、注文を受け取る前にタイムアップになるだろう。
まともなやり方じゃ絶対に無理……さて、どうする? 糞ビッチ。
「……なんか、ロクでもないこと考えとるやろ」
と肩のあたりから声がしたが、黙殺する。
エリカは最初は行列の最後に並んで苛立ったように足踏みしていたが、到底間に合わないことに気づき列から離れる。
そうだ、カレーとかすぐできるものならその場で料理を受け取れるんだが……調理に時間のかかるものは、注文ができたらブルブル震える呼び出し端末と引き換えなんだ。
ミックスグリル定食は熱々の鉄板の上に乗っているメニューなので、時間がかかるんだ。
だから、たとえ行列の先頭に割り込んでも三分では間に合わないんだ……!
さぁて、どう出る……? と眺めていたら、エリカは配膳カウンターに向かい、注文を受け取る生徒たちを監視しはじめた。
そしてミックスグリル定食を受け取った生徒を発見すると、飛びかかっていってトレイを奪いやがった。
唖然とする生徒に食券を投げつけると、ぱたぱたと俺の所に戻ってきた。




