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 ダメだダメだダメだ。

 グイグイくるからつい流されそうになっちまったが、それを許したらマズい。


 きっとコイツはいつもこうやって己のペースに巻き込み、主導権を握るんだろう。

 クラスの女王に君臨するのも理解できる、唯我独尊さだ。


 かなりの強敵だが……俺はコイツを乗りこなさなくちゃいけねぇんだ、ハーレム王になるためにも……!

 だからどんなに誘惑されても、キッパリ断らなくちゃいけねぇんだ……!


「し……しねーよ、触りっこなんか……やりたきゃひとりでやってろ」


「それじゃズリセンじゃん。ウチは三十郎としたいの」


「お、女がズリセンとか言うな!」


 潤艶(うるつや)ピンクの唇でとんでもないこと言うんじゃねぇよ。


 思わず目ぇ剥いちまったじゃねぇか。


「まったく……お前はエロいことばっかりだな……脳内メーカーやったら『H』しかねぇんじゃねぇか?」


「そんなことないよー、『犬』と半々くらいだよ」


「やっぱり雌犬(ビッチ)だったか……」


 すると、エリカは片方の眉をぴくっと震わせた。


「ビッチって、ひどくね? 誰にでもじゃないよ、三十郎だけだよ、こんなことするの」


「ウソつけ」


 やはり、あぶないところだったようだ。

 槍で戦うヒーロー(槍マン)みたいな女に、俺の純潔を捧げるところだった。


 洗面台で指先を洗っていると、寄り添うエリカが何やらモゾモゾやっていた。

 またよからぬコトをするんじゃないかと警戒する。


 ヤツは、女がよくトイレに持っていくような小さなポーチの中からハンカチを取り出すと、洗い終えた俺の手に被せた。

 ハンカチの上から俺の手を包み込んで、揉むようにして拭いてくれる。


「はい、オッケー、キレイになったよ!」


 拭き終えたエリカは顔を上げ、白い歯を見せてニカッと微笑んだ。


 こぼれた白い八重歯が、悔しいことにチョー可愛い。

 でも、それ以上に衝撃だったのは、エリカのかいがいしさだった。


 このビッチ代表みたいな女が、こんなにも従順になるだなんて……!

 すげえ……すげえぞ、デレノート!


 それにこの扱い、まるで王様じゃねぇか……!

 もしかしてハーレム王になったら毎日がこんななのか?


 世話を焼いてもらったおかげで、俺のエリカへの恐怖心はだいぶ薄らいでいた。


「……糞ビッチにしては、気が利くじゃねぇか」


 こんなことも平気で言えちまう。


「あ? 糞ビッチって、エリカのこと? それ、いくらなんでもひどくね?」


 あからさまに不機嫌さを露わにするエリカ。

 片眉が、反り返る刃物のようにキッと吊り上がる。


 いつもだったらそれだけで縮み上がりそうになるんだが、今回はぐっと踏ん張った。


 もう怖くねぇぞ、コイツは俺にベタ惚れなんだ、立場はこっちが上なんだ……と頭の中で繰り返し、気を確かに持つ。


 ここは……ビシッと言ってやって、自分の立場を自覚させてやるんだ。


「いや、お前は今日からエリカ改め糞ビッチだ、いいな。

 それが嫌なら、俺の前から消えろ。そして二度と近づくんじゃねえぞ」


 強気に出てやると、火を吹きそうだった女王炎龍の表情は……溶けた雪ダルマのように崩れさった。

 どうやら、勝負はあっさり決したようだ。


「えっ……そ、そんな……!」


 今まさに、飼い主から捨てられようとしている仔犬のように……捨てないでとキュンキュン鳴きながら腕にすがりついてくる。


「ううっ……わ、わかった……ウチ、三十郎に嫌われるのだけは、絶対にヤダから……。

 だから、糞ビッチでいいです……」


 や……やった! 勝った! 調子に乗ってさらにたたみかける。


「糞ビッチ、それと俺のことは三十郎様と呼べ、いいな」


「わ……わかりました……三十郎……様……」


 うるうるした瞳で俺を見上げたまま、こくこくと頷くエリカ。

 これだけ素直だと可愛げがある。俺は頷き返しながら、エリカの頭に手を置いた。


「よぉし……いい子だ……!

 聞き分けのいい女は、こうして可愛がってもらえるんだ……いいな……!?」


 ゆるふわヘアーをくしゃくしゃにするように撫でてやると、


「は……はいっ! ああっ……三十郎様……!」


 エリカは嫌がる様子もなく、むしろ感極まった様子で俺の胸に顔を埋めてきた。


 やった……! やったぞ……! 俺はついにやったんだ……!

 小学校からはじまって、長きに渡りスクールカーストの頂きにいた、女王と呼ばれる女を……ついに俺の軍門に下らせた……!


 いままで感じたことのないほどの達成感に、脳髄が痺れた。


 北極点に到達するという偉業をなしとげたあと、熱い風呂に入った時のような……身体中が弛緩し、背筋がぞわぞわする快感が走り抜ける。


 想像はさらに飛躍し、俺は女王炎龍の背中にくくりつけた浴槽の中でくつろいでいた。

 札束の風呂、裸の女たち、そして民衆の声援……。


 拳を高く突き上げ「獲ったどー!」と雄叫びをあげそうになるほどに、すっかり浸りきっていると、


「おい、サンの字、サンの字」


 いつの間にか俺の耳元に移動していたオトモ妖精から、ささやきかけられた。


 声を出すとエリカに聞かれそうだったので、トイレの鏡ごしに目配せで「なんだよ?」と返す。


「レベルアップや、『ギャルを口説く』成功やで。

 このビッチはデレノートの力でメロメロやったけど、旦那が強気に出たおかげでもうベロンベロンやで。

 ここまで来たら子作りでもヒモでも借金の保証人でもドナーでもオールオッケーやで」


 俺は「そうか」という意味を込めて頷く。

 そして同時に、黒いモノがムクムクと心の底から沸き起こってくるのを感じていた。

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