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 だが……ダメだっ! ここで口づけを交わしたら、確実にやられちまう……!


 惚れっぽい俺のことだ、全てを投げ打ってでもコイツに求婚しちまうだろう。

 いま俺の胸のあたりで呻き声をあげている妖精に、さんざん指摘されたことだ。


 いままでさんざん俺のことをバカにしてきた女に、初めての唇を許して……そのうえ骨抜きにされちまうだなんて……俺はどんだけ安っぽい、ダメ男だって話だよ……女だったらなんでもいいってのか……!?


 こんな女こそ軽くあしらって、むしろ逆にメロメロにさせちまうのが、ハーレム王なんじゃねぇのか……!?


 そう思うと、少し冷静になれた。

 そうだ、キスは後回しだ……それよりもまず先に、レベルアップ条件でもあるコイツを口説き落とすのが先だ。


「そ、それよりも、エリカ……ちょっといいか?」


 震える唇をなんとか動かし声を絞り出すと、自分の声じゃないみたいに掠れていた。


「ん? なーに?」


「お前、俺のことが、好き、なのか……?」


「なぁに、当たり前のこと……」


 エリカは一瞬キョトンとしたが、すぐに魔女のような微笑みを浮かべた。


「あっ、わかった、レオンに嫉妬してんだ。えへへ、ウチは三十郎一筋だよ!」


 嬉しそうな様子で前髪を俺の顔に押し当てると、


「三十郎、好きっ、大好き! チョー大好きっ!」


 まるでニオイつけするみたいに、グリグリやりだした。


 自慢のエアリーカールでそんなことをするなんて……ヤバいだろ……!

 髪の感触が、シルクみたいに気持ちよくて……シャンプーの香りがなんともゴージャス……!

 ふわふわの髪に鼻が埋まると、妙なこそばゆさも加わって……脳が痺れちまいそうだ……!


「うぷっ、ちょ、やめろよ、くすぐったいって! ははははっ!」


 まさかコイツに対して破顔してしまうとは、一生の不覚だった。


 でもコイツはじゃれつく犬みたいで、つい心を許しそうになっちまう。

 好きな気持ちを全力でぶつけてくる姿はいじらしくもある。


「あ、あの~」


 不意に、教壇のほうから呼びかけられた。


 エリカとともに声のほうを向くと、そこには担任のルナナが立っていて、家でもしたことがないような複雑な顔でこっちを見ていた。

 まだ子供だと思っていた娘が、結婚を前提に付き合っている彼氏をとつぜん家に連れてきて、しかもソイツはオークだった……みたいな表情。



 ルナナだけじゃない、クラスじゅうが俺たちに注目している。

 リンとレオンは、歯噛みしながら睨んでくる始末。

 特にレオンは斜め前の席なのでプレッシャーがハンパない。


「ほ、ホームルームを始めますから、雷横さん、ちゃんと席についてね」


 ルナナから諭され「へぇーい」と渋々、俺の隣の空席につくエリカ。


 そこはたしか取り巻きの佐倉トモの席だったはずだが……と思ったらトモはかつての俺の席に座っていて、恨みのこもった視線を投げかけてきていた。

 どうやらエリカから追い出されたらしい。


 なんともいえない雰囲気のなか、ホームルームは終わった。

 去り際にルナナがチラチラとこちらを伺っていたのが気になったが、エリカはおかまいなしにまた俺の上に座ろうとした。


「ちょ、ちょっとトイレに行くかな」


 かわすように立ち上がると、エリカはすかさず俺の腰に手を回す。


「じゃあ一緒に行く! 連れション連れション!」


「男と女で連れションなんて、聞いたことねぇよ」


 まだちょっとドキドキしてたが、わりと自然に突っ込むことができた。

 この異様な状況にもだいぶ慣れてきたのかもしない。


 しかしエリカは相変わらずマイペースで、


「いいじゃん別に、行こっ!」


 俺をグイグイと引っ張って廊下に向かおうとする。


 その場にいる全員に見送られ、こんなに注目されながらトイレに行くのは初めてのことだな……と思った。

 しかもトイレの前で分かれるのかと思ったが、エリカは何のためらいもなく男子トイレの扉を開いて中に踏み込んでいった。


 突然の女王の襲来に、先客の男子生徒たちは情けない悲鳴をあげながら道を開け、トイレから出ていく。

 たとえ男の社交場とはいえ、女王相手ではひとたまりもないようだ。


「お、お前、男子トイレだぞ!?」


「わかってるって、初めて入ったけど、こんななんだ」


 悪びれる様子もなく、観察するようにあたりを見回している。

 すっげぇ肝の据わりようだ……。


 もう何を言ってもムダだな、とあきらめて小便器の前に立つ。

 しかし後ろからハグされているので、やりにくいったらありゃしねぇ。


「……おい、あんまりひっつくなよ、チャックが降ろせねぇじゃねぇか」


「ウチがやったげるよ」


「えっ、ちょ」


 言うが早いが俺の肩にアゴを乗せ、背後から股間に手を伸ばしてくるエリカ。

 長いネイルにもかかわらず器用なヤツで、止める間もなくチャックを降ろされてしまった。


「せっかくだから、オシッコもさせてあげる」


 続けざまに背伸びして、覗き込みながらズボンの中に指を突っ込んできたので、慌てて振り払った。


「ちょ、やめろって! 触んなよ!」


「えーっ、いーじゃん、あとでウチのも触らせてあげるよ。

 あ、そうだ、せっかくだから触りっこしよっか」


 親指でトイレの個室を示すエリカ。


「えっ!? まっ……マ……!」


 しかし、俺は寸前で踏みとどまった。


 あ……あぶねぇ……!

 思わず「マジっすか? 是非!」と即答しそうになっちまったじゃねぇか……!

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