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教室の扉をくぐると、好奇心は明確な言葉となって襲いかかってきた。
「ちょ、エリカちゃん、三十郎にそんなにくっついて、一体どうしちゃったの!?」
噂を聞きつけたのか、さっそく詰めかけてくるリン。
その声を聞きつけたモブ女子どもも寄ってくる。
「なになにエリカ、またチョロ男をからかってんの?」
「えっ、マジでマジで? チョーウケる!」
コイツらはエリカの取り巻き、たしか佐倉友と……榎本幹だ。
エリカはザコどもの好奇の目をものともしない。
胸が潰れるほど俺に密着すると、はじける笑顔でピースサインを決めた。
「へへー、ウチ、三十郎と付き合うことにしたんだ!」
突然の交際宣言に、えっ、と言葉を失う三人娘。ひとりは娘じゃないけど。
そこにさらなる騒音が加わった。
「おいおいおい! エリカ! どういうことだよ!? なんだよそれ!? 俺と二股かけるってのかよ!?」
半笑いで割り込んできたのは、冴樹麗音。
金髪で高身長の細マッチョ、キレイに日焼けしたワイルドな印象とは真逆の甘いマスク。
雑誌に載ったことにより上級生だけでなく、中等部や大学部にもファンがいるという、正真正銘のイケメンだ。
もちろんサッカー部所属……スクールカーストの上のほうにいるヤツってなんで必ずといっていいほど運動部なんだろうな。
それも卓球部とかゲートボール部とかじゃなくて、サッカー部とかテニス部なんだ。
文化系ともなると皆無といっていい。
文学部とか天文学部に所属する上位者なんて見たことねぇぞ。
あ、いや、乙女ゲーでなら……。
「ハァア? 意味わかんないんですけどー!?」
突然女王が吼えだしたので、俺の妄想は中断させられる。
「なんでウチがアンタと付き合ってたみたいになってんの?」
エリカは今朝の出会い頭に見せたような、爬虫類の顔つきになっていた。
アメリカンレスラーみたいに片眉だけを鋭く吊り上げるのは、どうやらコイツのクセらしい。
レオンは優男特有の、気持ち悪い笑顔を引きつらせていた。
反論することもなく、取り巻きとともに半歩後ずさる。
輪の外にいる無関係な人間までも口を閉ざし、黙り込む。
それまでは春らしい和やかさだったクラスの雰囲気は、冬に逆戻りしたかのように冷たい空気に支配されていた。
クラスの形式上のリーダーは学級委員長だが、実質的なリーダーはレオンが担っている。
だがそれを裏で操っているのは他でもない……エリカなんだ。
「超マジムカつく……三十郎になんかしたら、リアルで殺すよ?」
ガルルと唸りが聞こえてきそうな威嚇のあと、
「さ、行こっ、三十郎」
コロリと変わった声音で、俺の腕をグイグイと引っ張った。
リア充集団のテリトリーである、教室後部の窓側席群に連行される。
一番すみっこにあるエリカ自身の席に、俺を座らせた。
一体、何をする気なんだ……と思っていたら、エリカはなぜか、スカートの裾を持ち上げて広げやがった。
むっちりした太ももどころか、もうパンツが股上くらいまで露出しているのに、おかまいなしだ。
透けているブラと、おそろいのパンツ……!
俺の目は、自然とピンクの布地に釘付けになってしまう。
そのスキにエリカはバイクにでも乗るみたいに大胆に脚を振り上げ、俺の太ももに跨った。
ハタから見たら、「これ絶対入ってるよね」と言われる体勢……!
それをコイツ、朝の教室で、フリスクでも食うみたいな手軽さで、やってのけやがった……!
エリカのそんなところに、俺は身体じゅうに電流を流されたみたいに痺れてしまったし、そして目がハートマークになりそうなほど憧れてしまったが、それ以上に度肝を抜かれちまった。
「うわあぁっ!?」
慌てて立ち上がろうとしたが、子泣きじじいのようにエリカにひしっと抱きつかれてしまい、ガタンとイスを鳴らすだけで終わってしまった。
や、柔らかい身体が……吸い付いてくるみたいに密着してる……。
「ムギュー! 苦しいっ! 乳に圧殺されるー!? チチ殺しやー!? オヤジ殺しちゃうでー!?」
テュリスのくぐもった声が、俺とエリカの間にあるわずかな隙間から聞こえた。
苦しそうではあるが、叫んでる内容に余裕が感じられたので放っとくことにする。
それよりも俺のほうをなんとかしねぇと。
腕を組まれただけでもヤバかったのに、こんなに身体をくっつけられたらどうなっちゃうの俺……!?
昨晩エリカの生乳を拝んだときみたいに、心臓が暴れて口から飛び出しそうになる。
押し戻すように何度も生唾を飲み込んでいると、ふとエリカの熱視線に気づく。
コイツ、心は汚れてそうなのに、瞳は黄玉みてえにキレイなんだよな……カラコンのせいでそう見えるだけか?
長い睫毛がまたしっとりと色っぽくて……なんて思っていると、その目がまどろむようにゆっくりと閉じた。
桜吹雪みたいなアイカラーに彩られた瞼を、見て見てとばかりに俺に向けている。
続けざまに艶のある唇がすぼまり、何かを待つように、ん~っ、と可愛く鳴きだす。
な、何事……? 病気……? と思って引き気味に眺めていると、しばらくして片目だけが開いた。
「……どうしてキスしてくんないの? 三十郎、もしかしてウチのこと、嫌い?」
熱っぽい吐息が顔にかかり、それだけの距離にいるんだと自覚する。
俺がほんの数センチ、顔を前に出すだけで、唇どうしが触れてしまうんだ……。
生まれて初めての体験……いままでギャルとこんなにお近づきになったことはない。
そしてついにはキスをせがまれている。
……正直、キス、してみたい……!
ファーストキスをこんな可愛い女とできたなら、それだけで残りの人生も強く生きていける気がする……!




