070 デレノートの力
次の日。俺は胸に最新式のロボットスマホを忍ばせ、朝の坂道を登っていた。
日差しもだいぶ強くなってきたな……と空を見上げた拍子に、横道から出てきた女とぶつかってしまった。
嗅いだ覚えのある甘い香りが鼻を急襲し、ルナナとぶつかった時のような独特の感触が、もよんと腕に当たる。
向こうからぶつかってきたくせに、聴こえるほどの大きな舌打ちをしやがったのは……、
「チィッ! チョロ男かよ!」
俺のなかで話題沸騰中の、雷横エリカだった……!
アイシャドウに彩られた片眉をこれでもかと釣り上げ、カラコンの入った金色の瞳を刃物のようにギラつかせ睨みをきかせている。
眠っているところを叩き起こされた竜のような、不機嫌さ満点の威嚇っぷり。
『ハンティングハンター』って狩猟ゲームがあるんだが、それに『女王炎龍ライオエリア』っていうモンスターが出てくるんだ。
スクールカースト最下位のオタクどもは影でエリカのことを『ライオエリア』と呼んでいる。
その二つ名に相応しい、まさに炎龍のような眼力。
格好もヤバい。
ミディアムのエアリーカールの髪型。ノーリボンで、胸がはだけそうなほど着崩したブラウス。
こんもりと盛り上がった胸。ボタンの隙間から、薄ピンクのブラがチラ見えしている。
っていうか、わりとハッキリ透けている。
そして、やたらと短いスカート。
昔は位が上であるほどスカートの丈が長かったそうだが、今は逆。
もうクシャミしただけで見えちまうんじゃねぇかと思うほど、限界まで切り詰めている。
眼力、そして格好。
その独特なふたつのものが合わさって、ギャル特有の無敵オーラを形成している。
すべてのものをひれ伏させる、女王オーラを……!
突然の遭遇に、俺はどうしていいかわからず固まっていると……二度目の舌打ちをされた。
「チィッ! ……なにジロジロ見てんだよ?」
そしてこの、好戦的な態度である。
コイツとは対決するつもりでいたんだが、いざ実物を前にすると身体がすくんでしまう。
俺はすっかり気圧されちまって、食われるのを待つカエルのようになっちまった……!
しかし……変化は突然やってくる。
ビームが出るんじゃないかと思うほどの殺意の込められた三角形の目尻が、驚きで丸くなっていく。
「はっ……!? う……ウソ……マジ……!? 立ってる……立ってるよ……」
信じられないように息を呑んでいたので、もしかして俺はMっ気に目覚めて往来で勃起してしまったのかと慌てる。
が、股間に触ってみても特に異常はなかった。
「に……二本の脚で……大地をしっかりと踏みしめてる……!」
その一言で、俺が立っている事に対して驚愕していることに気づいた。
「お、おい、なんでコイツ、俺が立ってるくらいでこんなに驚いてるんだ」
ポケットのテュリスにささやきかけると、「デレノートのせいや」と返ってきた。
これが、デレノートの効果……!?
デレるハードルを下げるとはいえ、下がりすぎだろ……!
立ってるだけでこんなに驚かれるなんて、俺は風太くんかよ……!
「ヤバイ、ヤバイよぉ……ヤバイくらいそそり立ってる………いきり立ってる……!」
とうとう頬を染め、さっきの殺意の波動がウソのような、媚びるような目つきになりやがった。
でもこんな形容をされたんじゃ、まるで別モノみたいじゃねぇか……!
「さ、三十郎、チッスチッス、チィーッス!」
エリカは照れ隠しするように、俺の腕に飛びついてくる。
「いっしょにガッコいこっ!」
せがむように言いながら、俺の二の腕を胸の谷間で挟み込むようにしてぎゅーっと押し付けてきた。
俺は長いこと、家族以外の女とはスキンシップをとっていない。
手を繋ぐのもフォークダンス以来だってのに、こんな風に腕を組むだなんて……この世に生を受けて初めてのことだ。
そんな俺はもちろん、
「え、あ、ちょ、待て、急にそんな」
ドギマギしながら、エリカに引っ張られるままだった。
イチャイチャしながら登校する奴らはいる。
スクールカースト上位ランカーにだけ、許されている特権。
身体をくっつけ合わせたまま、歩道を塞ぐようにノロノロ歩きして……いきなり立ち止まってキスとか始めるもんだから、前にいると邪魔でしょうがねぇんだ。
そんな奴らを目の当たりにすると、俺はいつも念を送っていた。
コイツらにトラックが突っ込んできてきますように。
そして異世界に飛ばされて男はオークに、女は便器に転生しますように……と。
そんな人類の敵ともいえるカップルに、今、俺がなっている……!?
歩きにくいほどに身体を寄せ合う俺とエリカ、それを怪訝そうな表情で追い抜いていく生徒たち。
なかでも同じ学年の奴らは振り返り、一様に驚きと疑惑に満ちた表情をしていた。
そりゃそうだ。陰では女王と呼ばれるほどの実力者が、陰では咎人と呼ばれてもおかしくない俺と腕を組み、見せつけるように歩いているんだ。
ふたりはいったい、どんな関係になっちゃったの……!? という気になってしょうがない顔を向けられるのも無理はない。
興味の視線はクラスに近づくにつれ増え、束のように太くなっていった。




