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007

「……シクヨロ、旦那っ!」


 吐息がかかるほどのゼロ距離で、いきなり大声を出されたので俺はのけぞってしまった。


 さっきまでスプリングについていた人形が、間近で浮いていたのだ。

 ねんどろいどみたいなデフォルメ体型で、よく見ると、なんとかベルみたいな妖精っぽい格好をしている。


 こ……こいつは……何者……!?


「ワイは愛の妖精、テュリスアントス! 愛の妖精いうても、ぷりんてぃんちゃうよ! テュリスって呼んでや!」


 俺の心を読んだかのように、自己紹介を始める謎のデフォルメ妖精……しかも妙な関西弁で。


「あ、愛の妖精!? ぷりんてぃん!?」


「だからぷりんてぃんちゃう言うてるやろ! テュ・リ・ス!」


「てゅ、テュリス!?」


「そう! ワイが旦那を案内したるさかい! このはてしなく遠いモテモテ(ざか)を……!」


「も、モテモテ坂!?」


 一方的にまくしたてられて、俺は単語をオウム返しするだけで精一杯だった。


 ……に……人形は、人形なんかじゃなかった……!

 こんな精巧に動いて、空を飛んで、しゃべる人形なんて見たことも聞いたこともねぇっ……!?


 いままでの価値観がひっくり返るほどの存在感と説得力が、この妖精にはあった。


「も……もしかして……愛の神の……チーターってのは……マジ……なのか……!?」


 俺の声は、自然と震えていた。


「何度も言っているであろう……すべては夢でも狂言でも、五月バカでもない……!

 ああ、我が息子よ、心ゆくまで言葉を尽くしてやりたいところなのだが……時間だ……私はもう行かねばならぬ……!」


 ハッ!? とオヤジのほうに注意を戻す。

 飛行船はゆっくりと浮き、出港する船のように屋上から離れはじめているところだった。


「ま……待て! オヤジ……! 最後に聞かせろ!」


 俺は立ち上がって追いかける。


「……なんだ?」


 オヤジはさらなる高みから、俺を見下ろしていた。


「オフクロは、このことを知っていたのか!? オヤジがハーレムなんてくだらねぇことをやってたのを……!」


「もちろんだ」


 オヤジは短い言葉とともに、ウムと頷く。


「じゃあ、オフクロはそんなアンタに愛想を尽かして出ていったんだな!?」


「……お前はなにか勘違いをしているようだな。

 私の十五番目の妻にして、お前の母親……窓華(マドカ)

 彼女が家を出たのは……他でもない、三十郎、お前のためだ」


 責めるように睨み上げる俺に向かって……オヤジは信じられないことをぬかしやがった……!


「お……俺のため!? 嘘をつけ! なんでオフクロが、俺のために家を出るんだ!」


「嘘ではない、(まこと)だ。それを証拠に……マドカはこの中にいるぞ……!」


 玉座から立ち上がったオヤジは、まるで神託を告げるように……鷹揚に両手を広げる。


「か……母さんが、この中に……!?」


 もう何年も会っていない母親がいると聞いて、俺の心はかき乱された。


 まるで迷子のようにあたりを視線をさまよわせ、有象無象の女の群れからただひとりの女性を探す。

 妖精もキョトキョトしていた。いつのまにか屋上にやってきていたルナナとバンビも顔を巡らせている。


 俺と目が合った美女たちはウインクしたり、投げキッスを返してくる。

 そんなのは母さんじゃないとすぐにわかった。だが、ホンモノも見つからねぇ……!


 どこにいるんだ、母さん……! 母さんっ……!?

 なぜ、名乗り出てくれないんだ……!?


 取り乱した俺の心をさらに煽るかのように、挑戦的なオヤジの声が降ってくる。


「マドカに会いたいか……ならば、ぼっちをかなぐり捨て、リア充を目指せ!

 お前がリア充を越えたハーレム王……いいや、リア王となった暁に……マドカはお前の元に現れるであろう!」


「あっ、なんか言い直したで。途中で思いついたんやろうなぁ、でもそれやとシェイクスピアっちゅうかモナカのアイスクリームみたいやで」


 妖精のツッコミが入ったが、今はそれどころじゃねぇ。


「なぜだ……!? 俺がリア王になるのと、母さんが帰ってくること……何の関係があるんだ!?」


「頂きの上からでなければ、見えぬものもある……たどり着いてみればわかることだ……ひさびさに話せて楽しかったぞ……三十郎っ!」


 この高みまで這い上がってこい、とばかりに、飛行船は急上昇を始める。


「ま……待て!」


 俺は走って勢いをつけ、追いすがるように手を伸ばして飛んだ。

 だが、届かなかった。


 勢いあまって転び、ずしゃりと地べたに這いつくばる。

 俺は再び、地に伏せるハメになってしまった。


「さぁ、行け、モテモテ坂を……! 並み居る女どもを、俊足で追撃せよ……! そして鋭い牙で食らいつくしてやるのだ……!」


 青空に響きわたる、傲慢不遜な声。

 そして「捕まえてごらんなさい」と言わんばかりの、女たちの妖艶なる笑い声。


 こんな時でも俺は、母さんだけは笑っていないはずだ……と思い込んでいた。

 今の俺には、そのくらいしかできなかった。


「三十郎、お前は恋愛という名のサバンナを駆け抜ける、恋愛チーターとなるのだ……!」

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