069
俺は鼻血をティッシュで拭き、額に冷却シートを貼ってのぼぜた頭を冷ました。
それから机に向かい、デレノートを前にギャル陥落のための作戦会議を始める。
「得た情報はひとつ、ビッチは陥没乳首にコンプレックスがあるっちゅうことやな」
「女にとって、それはコンプレックスなのか? 巨乳の証みたいで俺はむしろ好きなんだが」
「旦那の性癖は知らんけど、女にとっちゃあんまエエことないからねぇ」
「しかし、陥没乳首だけでどうやってギャルを落とせってんだよ。みんなにバラすぞって脅すのか?」
「旦那って脅すことしか考えてへんよね……女に騙されまくるとそんな風になってまうんやろうか」
「しょうがねぇだろ、他に思いつかねぇんだから」
気まずさをごまかすようにデレノートをパラパラめくっていると、ふと、赤字で書かれた見開きのページが目に入った。
『あなただけの特別ボーナス! いまならデレノート1回分お試し無料! 無料期間の残り時間あとわずか!』
という標題の下には、タイムカウントらしき数字があって、1秒ごとに減っていっている。
残りはあと20分くらいしかない。
「ああ、そやった。
今はキョロ充レベルやから、本来は寿命の半分を捧げないとデレノートは使えへんのやけど、緊急ミッションをクリアしたから、そのボーナスで1回だけ寿命の消費なしでノートを使えるんや。
まぁ、お試しみたいなもんやな」
「な、なんだよ! それを早く言えよ! あと20分しかねぇじゃぇか!」
偶然気づいて良かった。デカいチャンスをみすみす見逃すところだった。
「あ、時間は気にせんでええよ、見るたびに20分に戻るし、ゼロになってもお試しは使えるで」
「じゃあなんのためのカウントダウンなんだよ……なんかネットの詐欺広告みてぇだな」
「まぁそのへんは気にせんといてや。お試しはちゃんと効くから大丈夫やで」
「ってことは……このノートにエリカの名前を書けば、寿命の消費ナシで一発で惚れさせられるってことだよな?」
するとテュリスは、少し言葉を濁した。
「うぅん……まぁ、そうなんやけど……簡単過ぎてまうんよね、デレノートは」
「俺は恋愛のチーターなんだろ? 持っている力を使ってなにが悪いんだ?
これ以上に便利な力はねぇじゃねえか」
「なんちゅうか、他のチートに比べて強力なんよね。
恋愛ゲームで例えたら最初のイベント……出会い頭にぶつかったところでいきなり妊娠エンドみたいな感じなんよ」
ついにチートって言いやがった。
今まではずっと動物のチーターに掛けてたから、明言は避けてるのかと思ってたのに……。
でもゲームに例えられて、なんとなく妖精の言いたいことが理解できた。
「ああ、ようは恋愛にはつきものの男女の駆け引きが一気にすっ飛ばされるから、つまらなくなるってことだな」
「うぃ」
大きな頭を前に傾ける妖精に、鼻息を返す。
「フン……俺はあのビッチと、好きとか嫌いとか駆け引きするつもりはねぇんだ。
きっとムカつくだけだからな」
俺は、今なおカウントダウンを続ける広告ページをめくり、罫線の引かれた白紙のページを開いた。
机の上にあるペン立てから、黒のボールペンを取る。
「待ちいな、一度書いた名前は取り消しできんから、書くならちゃんと覚悟を決めたほうがええで」
返事のかわりに、ページの先頭にボールペンの先をあてがう。
それで俺の決意が固いと悟ったのか、テュリスはあきらめたように溜息をついた。
「はぁ……まぁええか、せっかくのお試しがあるんやし、一回使ってみるのもええやろ。
あのビッチの顔を思い浮かべながら、フルネームを書くんやで」
俺は口を固く結んだまま、VRバンダナでしたようにエリカのことを頭に思い描く。
あのビッチのことをこんなに考えるだなんて……ニセのラブレターをもらった日以来だ。
鼻で深く深呼吸したあと、ペンを走らせる。
「雷横恵里果」……と、しかと記す。
「……これで、エリカは俺のことを好きになったのか?」
「ううん、まだや。
デレノートってのはデレるハードルを低くするだけやから、何にもせんうちから好かれるってことはないで。
明日、ビッチと会って何かのキッカケがあった時点でデレるんや」
「さっきお前が言ってた、出会い頭にぶつかる、とかそういうのか?」
「うぃ」
「なんだ、名前書くだけでいいのかと思ったら、案外面倒くせえんじゃねぇか」
しかし妖精は、俺の苦情もどこ吹く風といった様子だった。
たまに見せる、もったいぶるような笑顔で、綿毛のように浮いている。
「ふふ……明日になったらわかるって、このノートのごっつさが」




