066
放課後になって、すぐさま教室を飛び出していきたくなったけどガマンした。
だってエリカより先に着いちまったら、ガッついてるみたいで格好悪いと思ったからだ。
しばらく教室に残ってクラスメイトたちとバカ話をしたあと、トイレに行くフリをして抜け出したんだ。
道中誰にも見つからないように用心しながら北門まで向かった。
学校の北側の敷地は学食や売店などがある生活スペースになっていて、大学生や高校生が多い。
放課後ともなると小学生の姿はほとんどないから、北門はひっそり会うのにちょうどいい場所なんだ。
門の横にはちょっとしたベンチがあるんだけど、エリカはそこに座っていた。
ふわっとしたバネみたいな髪を、落ち着かない様子で指でくるくるしている。
たしかエアリーカールとかいう髪型らしい。
俺は髪どころかファッション全般に疎いんだが、これだけは知ってるんだ。
なぜならヤツ自身が、こだわりだといつも豪語してたから。
「頭はエアリーカールしかないっしょ。だって、略したらエリカになんじゃん」って。
そんなパーマみたいな髪型のうえにメイクまでして、さらに派手なミニのワンピを着ているせいで、遠目からのエリカはまるでちっちゃいキャバ嬢みたいだ。
通りすがりに、ノーメイクでTシャツとジーンズの大学生の女の人がいて、そっちのほうが年下みたいだった。
でも、俺の姿を認めたときのエリカの顔は、年相応の小学生の笑顔だった。
普段はニカッと笑うヤツなのに、その時ははにかんだような笑顔で……破壊力抜群だったね。
そんな普段はしない顔で駆け寄ってくるもんだから、ハートが粉々になるかと思った。
「三十郎、来てくれたんだ!」
俺の一歩手前で足を揃えて止まったエリカは、メイクの上からでもわかるほど上気した顔で、俺を見つめた。
「あの……それで、返事は……」
期待と不安が入り混じり、ちょっとウルッときている瞳。
落ち着きなく噛んでいる唇、祈るように胸の前で絡めた指……。
いつも女牢名主みたいなふてぶてしい態度のコイツにしては珍しく、全身で緊張を露わにしている。
初めて見る乙女みたいな反応に、俺の気持ちも最高潮を迎える。
心臓はもう早鐘を通り越して、ドラムの早打ちみたいだった。
いったいどんな素敵な言葉で「Yes」を奏でてやろうかと迷っていると……ふと、エリカは俺の肩ごしの何か気づいた。
一瞬だけ迷うように親指の爪を噛んでいたが、すぐに醜く口角を吊り上げた。
下品なバカ笑いをあげながら俺を突き飛ばし、離れた所にいるふたりの少女の元へと走る。
「アッハッハッハッハッ! ミキ、トモ、聞いてよ!
アイツ、ウチが遊びで仕掛けたニセのラブレターにまんまと引っかかってやんの!
いまどきラブレターって! 紙切れもらってあんな喜ぶなんて、原始人かよ!」
「えっ、マジでマジで? チョーウケる!」
「チョロっ! こんなチョロイ男、見たことねぇーよ!」
まだ純粋だった俺にとって、にわかには信じがたい出来事だった。
放心している姿がよほど滑稽だったのか、さらなる嘲笑が包む。
俺は折れないようにと上着のポケットに入れていた紙切れを取り出し、グシャッと握り締めた。
そのまま地面に落とし、女どもに背中を向けたんだ。
……この話は、それだけで終わらなかった。
俺が惚れっぽくて、すぐマジになるってわかった女どもは、それから何度か俺の下駄箱の中にラブレターを入れてきたんだ。
昔の俺は今より純粋で、バカだったから……呼び出された場所に懲りずにノコノコ出ていった。
待っていたのはもちろん、俺をバカにする女どもだった。
落とし穴を仕掛けられたこともあったな。
エリカとその取り巻きは、そんな俺のことを陰で「チョロ男」と呼んでやがった。
「……なるほどなぁ、まだ素直やった小学生の旦那が、今みたいになった原因を作ったんやなぁ」
妖精は、同情することもバカにすることもなく、冷静に俺の話を分析していた。
「でも普通、一回引っかかったら用心するやろ。なんで何度も騙されんねん」
「ラブレターが流行ったって言っただろ。
その告白から付き合いはじめた奴らがまわりにいたからな。
もしかしたら俺も……って期待しちまったんだよ。
それにもしラブレターがマジなやつだったら、相手に悪いじゃねぇか」
「何回くらい騙されたん?」
「さぁな、ラブレターだけなら三十回はやられたんじゃねぇかな」
「多っ!? 騙されすぎやろ! そりゃボケ老人レベルやがな!
それにラブレターだけなら、ってラブレター以外もやられたんかい!?」
「ああ。マジになる俺のリアクションが面白いからって、エリカはしばらくチョッカイかけてきやがったんだ。それで俺は……」
全ての人間を無視し、みんなくだらないヤツ……相手にする価値もない思うようになったんだ。




