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今をときめくアイドル声優の、入浴シーン……!
タオルでまとめあげた髪……普段は隠れているレアな後れ毛とうなじも見えて、プライベート感も倍増……!
動画キャプチャ機能がないのが惜しいくらいの、お宝映像……!
しかし……惜しむらくは、首から上しか見えないこと。
湯船には入浴剤が入っているのか乳白色で、肩から下は濃霧に覆われているようだ。
「……はうぅ……『ピーッ』さんのことで頭がいっぱいだよぉ……。
今日の食堂……それと保健室のことを思い出しただけで、胸がキューってなっちゃう……」
頬に手を当てたまま、フルフルと首を振るシキ。
切羽詰まったような声にはなぜか、放送禁止用語にかぶさるモスキート音みたいなのが混ざっている。
「……この、留守番電話の録音前みたいな音はなんだ?」
「まだ旦那には強く秘めておきたい事を口にすると、この音が邪魔するんや。もっと仲良うなったら鳴らんようになるで」
「なっ……なんだよそれっ……!」
俺の抗議も虚しく、耳をつく音が浴室に反響する。
「この気持、どうしたらいいの……? 思い切って、『ピーッ』さんに告白しちゃう……?」
何者だよPさんって。プロデューサーか何かか?
「好きです、『ピーッ』さん……!
『ピーッ』さんの『ピーッ』を考えると、『ピーッ』が『ピーッ』ってなっちゃって……『ピーッ』さんは『ピーッ』さんの『ピーッ』のことを『ピーッ』って思ってるんですか?
私の『ピーッ』も『ピーッ』てしてください。でないと私、『ピーッ』が『ピーッ』ってなっちゃって、『ピーッ』『ピーッ』『ピーッ』って……」
「なんかやり過ぎて、規制くらった隠語朗読みたいやなぁ」
さすがのテュリスも、お手上げといった様子で両手を挙げている。
くそ……何を言ってるんだか全然わからねぇ……!
ボソボソしゃべりのシキのほうがまだマシなレベルだ……!
だが、こういう時こそ推理だ……!
俺は最初、チーターの力で部屋を覗いたところで、何の役にも立たねぇと思っていた。
だって、肝心なところがわからねぇ断片情報だらけだったんだからな。
だが、シキを口説き落とした時に、理解した……それは間違いだったんだと。
一見、足りないパズルのように見えるが……覗いている対象を口説き落とすのに必要なピースは、部屋のあちこちに隠されている。
そのピースを組み合わせ、それでも足りない場合は「推理」によって補間する。
するとパズルの完成図である、女の「秘孔」が浮かび上がってくるはずなんだ……!
そう、妖精がしているみたいに……断片情報を元に、核心を突くんだ……!
この出来損ないのフェアリルみたいなヤツに出来て、俺にやれねぇわけがねぇ……!
俺はしばらく考えて、ある結論を導き出した。
肩まで浸かって数を数えはじめたシキを横目に、妖精に詰め寄る。
「お……おいっ! わかったぞ!
風呂が視えているという事実と、独り言の内容からするに、リンはすでに告白しようかどうか悩むほどに俺を好きになっているってことだよな!?」
「なんでそう言えるん?」
俺は自分の出した結論に自信があったので、やや興奮気味だったが……テュリスは生徒の仮説を聞く教授のように、至って冷静だった。
「だって、今日の食堂と保健室のことを思い出して、告白しようとしてるんだぞ?」
「だからなんでそれが、旦那への告白って決めつけられるねん?」
「それは考えるまでもねぇじゃねぇか!
シキ以外で保健室にいたのは俺とリンだけだぞ? リンは女だから、おのずと……ああっ!?」
俺は、完成直前だったパズルの最後の一ピースを……飼い犬に飲み込まれてしまったかのような声をあげてしまった。
「ようやく気づいたようやな。旦那のなかでは、リンはすっかり女の扱いになっとったようやね」
そうか……もしかしたら、シキはリンに恋しているという可能性があるのか……!
あ……危ないところだった……もし妖精が教えてくれなければ、明日にでもシキに婚姻届を渡していたところだった。
戸惑いしかない引きつった愛想笑いを浮かべるシキの顔が浮かんできて、心の古傷がズキズキと疼く。
「旦那のことやから、婚約指輪でも送ろうとしてたんやろ?
まぁ、じれったいかもしれんけど……もうちょっと様子見したほうがええんちゃう?」
しかも、大体当てられてしまった。
くそ……こうなったらせめてオッパイだけでも拝んでやろうと、湯船から上がるまで粘ってみたのだが、
「ああ、ダメダメ、『ピーッ』さんには『ピーッ』さんという人がいるじゃない!
いつも仲良しで、私なんかが入ったら『ピーッ』さんに迷惑になっちゃう!
私はただのお友達、私はただのお友達……!
下手に告白なんてしちゃったら、『ピーッ』さんからウザいって思われちゃうよね……?」
数を数え終えたシキは、また懲りずに悩みだした。
湯船でくねくねと身体をよじらせながら、放送禁止用語を連呼している。
しかし、コイツも長風呂だな……。我が家の姉妹だけかと思ってたが、女の特性らしい。
風呂に入ってねぇこっちまでのぼせちまいそうだったが、もうこうなったらガマン比べだ。
それから数十分ほどして、
「さぁて、そろそろあがろっと」
シキはざばぁと浴槽から立ち上がった。
俺はエモノを見つけたケモノのように、反射的に這い寄る。
まだ湯の羽衣をまとう身体に、食らいつかんばかりに接近。
華奢な身体はすっかりふやけきっていて、きめ細かい肌はほんのりバラ色になっていた。
それだけでもう拝みたくなるような尊さだったが……肝心な所には、光の筋が走っていた。
「これ……なんだ?」
俺は、エフェクトのような光を指さしつつ尋ねる。
「えっ、知らんの? 光渡しやがな」
当たり前のように返されてしまった。
「光渡しは知ってるよ! じゃあなにか? 円盤を買えばあの光は取れるのか!?
だったら買い占めてやるよ! どこに売ってるのか教えろ!」
ピー音といい、光渡しといい、さんざん勿体つけられてイライラしていた俺は八つ当たり同然に妖精を締め上げていた。
「ふぎゃっ!? く……苦しい! 苦しいがな!
アマゾンでもジャングルでも売ってへんって! もうわかっとるやろ!
仲良うならん限り、あの光はなくならんってことを……!」
「くそっ……!」
がっくりとうなだれる俺。
その前に、タッ、としなやかなふくらはぎが通り過ぎていく。
顔を上げると……湯の羽衣から光の羽衣へと着替えたように、全身に光の帯をまとった女神の後ろ姿があった。




