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「わっ……私……! あのお話、大好きなんです!」


 さっきまで羞恥に染まっていたはずの頬は、興奮するような血色の良さに変わっている。


「好きで好きで、好き過ぎて、本を食べちゃったくらいです!

 その時はお腹を壊しちゃったんですけど、でも、今でも毎日読み返してます!

 あと、夜寝る前とかにお話の続きを妄想したりして……!

 最後に売り払った金の像を、がんばって買い戻して、こんどは金の像の呪いを解くために冒険の旅に出るっていう内容で……!」


 そこまでまくしたてた後、シキはハッと我に返る。


「……あっ!? 私……また昂ぶっちゃいました……! ご、ごめんなさいっ!」


 うつむいた耳を赤くしつつ、また布団という名の甲羅に戻ろうとしていたが、


「それでいいと思うよ、もう抑えたりしないで。シキちゃんはそれでいいと思う」


 リンが引き止めた。


「でも、でも、それだとさっきみたいに、またご迷惑を……」


「大丈夫だって、シキちゃんがどんなに取り乱しても、ボクは嫌いにならないよ。

 縮こまっているシキちゃんよりもずっと好きだもん。……三十郎もそうだよね?」


 リンは、実に見事な会話のバトンを俺に回してくれた。


 ここはひとつ、ユニークかつ心に沁みるようなうまい励ましでもして、好感度アップを狙ってやろうかと思ったが、


「……あ、ああ」


 それだけしか出てこなかった。俺のバカ。


 シキは信じられないような顔で、俺とリンを交互に見ている。

 いままでウザいと嫌われ続けたものを、受け入れられようとしているのに理解が追いついていない様子。


 真っ赤なお鼻をサンタに褒められたトナカイさながらだ。


「ほ……本当……ですか? リンリンさん、三十郎さん……?」


 さまよう顔と、声はすがるようだった。

 もちろん俺はここで、ウイットに富んだうまい肯定をして、感動の涙を流させてやろうとしたのだが、


「……あ、ああ」


 俺が泣きたくなった。

 続いて答えたリンは、


「本当も本当! マジだよ! だいたいシキちゃんと仲良くなりたいって言い出したの、三十郎なんだから!」


 また俺の名前を出してくれた。


「えっ……!?」


 踏切にある警報信号のように、俺とリンの間をキョトキョトしていた顔が、こちらに固定される。

 これにはかなりビックリしたようだ。


 そりゃそうか、ようは突然の告白をしたも同然の言葉だったんだからな。

 よし、最後のチャンス。ここで一発逆転のピロートークを、


「……あ、ああ」


 終了。


「で、でも、やっぱりご迷惑をかけるわけには……」


 それでもまだ疑っている様子のシキ。そんなに心の傷は深いんだろうか。

 リンもさすがに苛立ってきたようだった。


「もう! さっきから迷惑迷惑って!

 だいたい迷惑だと思うんだったら、シキちゃんにぶたれたときにもう愛想を尽かしてるって!

 それでも一緒にランチをして、ゴキブリで大騒ぎしてもこうして一緒にいるんだもん!

 よっぽどシキちゃんと仲良くなりたいんだよ! 三十郎は!」


 変な怒り方だな、となんとなく思っていたら、肩のあたりから「リンのヤツ、ヤキモチ焼いとるで」と声がする。

 妖精のささやきは俺以外には聞こえなかったはずだが、リンはちょっと照れだした。


「……ま、三十郎のせいにしちゃってるけど、それはボクも同じなんだけどね!」


 わずかに頬を染めたボクっ子は、ベッドに手を伸ばし、私っ子の手を握りしめる。


「だからさ、ありのままのシキちゃんでいてほしいんだ。

 それでバカにするようなヤツがいても、気にすることなんてないよ!

 ボクと三十郎がついてる! それにさ、今のシキちゃんはぜんぜんどもってないじゃない!

 やっぱり今のしゃべりかたのほうが合ってるんだよ!」


 今さらながら気づいたのか、シキは「あっ」と口に手を当てて驚いていた。


「そ……そうですね……そういえば……私……普通にしゃべれてます……」


「ほらね、いいことばっかりじゃん! だから、ボソボソしゃべりはもうヤーメ!

 ボク、ありのままのシキちゃんといっぱいおしゃべりしたいな! いいでしょ? ねっ!」


 リンの太陽のような笑顔に照らされて、シキの笑顔のつぼみが、ぱあっ、と開花した瞬間だった。


「は……はいっ! こちらこそ、よろしくお願いいたします! リンリンさん!」


 俺は一瞬、疎外感を覚えたが、


「三十郎さんも、よろしくお願いいたします!」


 サーバーダウンちゃんの声で名前を呼ばれて、天にも昇るような気持ちになった。



 俺たちは三人揃って保健室を出る。

 もう午後の授業は始まっているので教室に戻ろうとしたが、シキは食堂に忘れてきたポーチを回収してから行くと言って別れていった。


 ふたりして教室に向かっていると、急にリンが俺の前に立ちふさがり、立ちくらみを起こしたようにバタンと倒れた。

 俺は慌ててしゃがみこんで安否を確認しようとしたのだが、リンは眠れる森の美女のように両手を組んで仰向けに寝ていて、なぜか片目を開けてこちらの様子を伺っていた。


 ……なにをやってるんだコイツは? と思いつつも、肩をゆさゆさしてやったのだが、手でパシンと弾かれてしまった。

 片目を開けたまま、首を左右に振っている。どうやら違うらしい。


「お姫様だっこしてほしいんやろ」


 妖精からささやきかけられて、俺はリンの背中から手を差し入れてみた。

 持ちやすいように身体を動かして協力してくれたので、どうやら正解らしい。


 シキにしてやったように、リンを抱え上げる。

 そしてそのまま、教室へと向かった。


 ボーイッシュな少女っぽい男は、リンより軽くて……なぜか薄目を開けたまま、俺のアゴをツンツンと突いていた。

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