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 誰もが憧れる顔が、間近にある。

 女神とも崇められた、神々しいほどに整った顔が。


 そして選び抜かれた男しか触れることの許されない身体を、(いだ)いている。

 まさしく女神ともいえる、同じ人間でないと確信できるほどの柔らかい身体を。


 そして、熱でうなされているかのような一言、


「た……たすけ……て……!」


 熱い吐息が、俺の鼻先にかかった。

 おそらく昼のおしゃべりに備えて口臭予防を執拗にしたのだろう、強いミントの香りがした。


 俺は、女の子の魅力がぎっしり詰まったものを一気に浴びているせいで、意識を手放しそうになっていた。

 状況が状況だったら、ミュータントに変貌していたかもしれない。


 が、必死に自我を保ち、当初の目的を遂行する。

 乱れていたブラウスの背中から手を突っ込み、妖精を探す。


 シルクみたいな触り心地の柔肌。

 一瞬、ブラのホックに触れたような気がして即死するかと思ったが、なんとか妖精を掴み出した。そのままズボンのポケットにしまう。


「よ、よし、取ったぞ!」


 しかしシキの耳には届かなかったのか、俺を突き飛ばすようにして離れていった。


「もう、いやあぁぁぁーっ! なんで、なんで誰も助けてくれないのぉっ!?

 誰か、助けぇて! お願い! お願いだからぁっ!」


 洗脳から解き放たれた怪物のように、さらに狂ったように暴れはじめる。

 とうとうテーブルの側からも離れ、イノシシのごとく壁に体当たり。


 そのまま泥遊びするかのごとく壁面に身体をこすりつけ始めた。

 もう完全に我を忘れているようだった。


「シキ! もう大丈夫だ! ゴキブリは取った!」


「シキちゃん! 三十郎がゴキブリ退治してくれたよ! だからもう落ち着いて!」


 俺とリンが揃って呼びかけたのだが、駄目だった。


 壁をゴロゴロと転がりながら、


「あぁん……ううっ……うわあああああああーーーーーーーーーんっ!」


 とうとう幼子のように泣きじゃくりはじめた。


 イヤイヤをするように振り乱す顔。

 真珠のような光の粒が、目の端からあふれ出る。


 それは、はらりはらりと花びらのように散り落ち、宙を舞う。

 ぴちょんと床に落ち、ミルククラウンのようなしぶきをあげた。


 女の……涙。

 それは、ひとつぶで大爆発を起こす、ニトログリセリンのような存在。

 それは、四十六億年前から変わらない、絶対不変の最強兵器……! 


 俺の足元から大噴火が沸き起こる。それはキノコ雲となって、俺の頭で渦を巻いた。


「し……シキィいいいいいいいいいいいいいいいいいいーーーっ!」


 俺は呼んだ。いや、吠えた。女の名前を。


 呼ばれたヤツは、ピタリと硬直した。

 いいや、この食堂じゅうにいる全ての者が石化した。

 コカトリスの咆哮を聞いた村人のように。


 そして、シャックリの最頂点みたいな引きつった顔で、俺を見た。

 俺はシキに挑みかかると、その顔の間近に、掌底を叩きつける。


 ズダアァァァァンン!


 壁を突き破るほどの轟音が、食堂じゅうを揺らす。


「…………!」


 息を呑む声が、そこら中からした。


 シキは魂を抜かれて蝋人形にされてしまったかのように、呆然としている。

 俺は、その細いアゴを人さし指と親指で挟むと、クイッ、と上を向かせた。


 濡れ光る長い睫毛と、限界まで見開く澄みきった瞳。

 水面のように、俺の顔が映り込んでいる。


 きっと俺の瞳にも、ヤツの顔が映っているはずだ。

 だが、もう吸い込まれない。吸い込むのは、俺のほうだ。


「お前、かわいい声してんな。その声、もっと聞かせろよ……マイクならここにあるぞ」


 ……世界はしばらくの間、静寂に包まれていた。


 シキの顔はただでさえ赤かったのだが、オーバーヒートしたようにボンッと一気に赤熱。

 笛吹ケトルのように、ピィーッと耳から水蒸気が噴出しているかのようだった。


「は……はふぅぅ~……」


 長風呂でのぼせてしまったかのような表情を浮かべながら、ずるずるとへたり込んでしまうシキ。


 ノックアウトされたような、その顔を見おろす。

 しかし……まだだ。まだ終わりじゃねぇ。続きがあるんだ。


 俺はしゃがみこむと、シキの身体を抱き上げた。

 いわゆる「お姫様だっこ」というやつだった。


「ふ……ふにゃぁ~」


 シキは抵抗しない。されるがままだ。


 俺は、惚けきったままのお姫様を抱え、食堂の出口へと向かう。

 背後から従者のように、リンがついてくる。


 誰もが、俺を見ていた。

 スクールカーストの最底辺の男どもも、キョロ充のやつらも、最頂点のイケメンやギャルまでもが、俺の歩みを目で追っていた。


 昼休みの食堂という、この世で一番やかましい空間は、俺たちが出ていくまでは、どこよりも静かだった。

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[一言] マイクってどこの事なんでしょうねぇwグフフ
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