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 天使のようなキューティクルのシキと、堕天使のようなソバージュヘアの女。

 雰囲気は真逆だが顔つきは似ていたので、おそらく家族だろう。


 俺は近づいていって、ふたりの会話の輪に加わる。


「来月の撮りが決まったよ、いつものように最初の土曜日ね。ちゃんとオンリーにしてあるから、もう逃げんじゃないよ」


 堕天使の口調は優等生に絡むヤンキーみたいだった。

 でも天使はその裏にある気遣いを感じ取っているのか、素直に頷いていた。


「うん。この前はごめんね。ありがとう、ナナヨお姉ちゃん」


 お姉ちゃんってことは、このガラの悪そうなのはシキの姉ってことか……。


「あら、どした? 赤い顔して。何かあった?」


「うん……今日学校で、ちょっとだけなんだけど、お友達とおしゃべりしたんだ。

 それがずっと尾を引いてて、まだドキドキしちゃって……」


「はぁ、相変わらずだねぇ……でもアンタが友達と会話するだなんて、珍しいね」


「うん。でも、ぜんぜんうまくしゃべれなくて……嫌われちゃったかなぁ、って思ったんだけど、明日もおしゃべりしようね、ってメールくれたんだ」


「ふぅん、良かったじゃない。ならいつものやぼったいカッコじゃなく、ハルカの格好してけばもっと友達もできるんじゃないの?」


「む、無理だよっ……そんなことしたら、目立っちゃうし、きっと、笑われちゃう……!」


 ブルルルルと頭を左右に振りまわすシキ。

 この壊れた扇風機みたいな高速首振りは、どうやらクセのようだ。


 妹の仕草に、渋い表情で首を振るナナヨ。姉妹揃ってのクセなのか。


「まったく、声優がそんなことでどうすんのさ……アンタがもうちょっと社交的で、緊張しぃじゃなけりゃ表に出る仕事が入れられるってのに……」


「ごめんなさい……」


「インタビューくらい、アタシがやらなくてもいいようになってほしいんだけどねぇ……。

 それに機械オンチじゃなけりゃ、せめてツイッターくらいはやってもらうのに……はぁ、やれやれ……」


 俺はふたりの会話に耳を傾けつつ、バンダナを上げる。

 テレビボードの棚に置いてあったアニメ版『ファイナルメンテナンス』のブルーレイディスク付きオフィシャルガイドブックを取り出す。


 スタッフ一覧のページを参照してみると……総合プロデューサーの欄に大西(おおにし)七曜(ナナヨ)とあった。


「あのアバズレはアニメのプロデユーサーなんやな。ナナヨ姉ちゃんって名前をくっつけて呼んどるってことは、眼鏡女には他にも姉ちゃんがおるんやろうな」


 肩の上から鋭い指摘が炸裂する。


 姉との会話が終わったようなのでバンダナを戻すと、シキは机で文庫本を読んでいた。

 フェルトのカバーがかけられた本……そういえばメシのときも同じやつを持っていたな……どれどれ……。


 俺は教え子を狙う家庭教師のように、シキに寄り添う。


 世界が鮮明になったおかげで、近づけば本の中の文字もなんとか読めるな。

 タイトルは『カエルのために金になる』……か。


 なんとなく一緒に読んでみた。



 ……主人公のお姫様の女の子は生まれつき、カエルのような声の体質だった。


 変な声だったので「カエル姫」と民衆から揶揄され、笑いものにされてしまう。

 それがトラウマとなって姫は引っ込み思案になり、お城の庭で動物たちと一緒に過ごす毎日だった。


 だがある日、庭に押し入った賊にさらわれ、その若き首領に連れ回される旅に出ることになる。


 いつも乱暴で強引な首領に最初は怯えていた主人公だったが、あるとき繊細な一面を目撃してしまい、そこから惹かれていくようになる。


 そして明らかになるのだが、主人公の声が変なのは魔女の継母がかけた呪いのせいだった。

 かつての側近だった首領は主人公を助けるために離反し、賊となって戻ってきたのだった。


 主人公とともに旅をしていたのは呪いを解くためで、やがてたどり着いた地で主人公は美しい声を取り戻す。

 しかしその代償として、首領は金の像に変えられてしまう。


 悲しみにくれる主人公はその金の像を売り払い、莫大な富を得て新たなる地で女王となる。

 そして、いつまでもいつまでも幸せに暮らしましたとさ……。



 という内容だった。


 ……正直、何が面白いのかさっぱりわからねぇ。


 しかしシキはウットリした夢見心地の表情で、味わうようにページをめくっていた。

 『チックルキラー』のときは一刻も早く先の展開が知りたいと血走っていたが、いまは味わうように読んでいる。


「きっと、お気に入りの本なんやろうなぁ」


 肩からしみじみとした声がする。


「……わかるのか?」


「うぃ、ずいぶんゆっくりやから、きっと先がわかっとんのやろ。

 それに同じところを何回も読み返しとる。お気に入りのシーンなんやろうなぁ。

 それに本をよく見てみ、何度も読み込んだ跡があるやろ」


 相変わらず鋭い観察力に関心していると、


「内容、よう覚えときや、これが眼鏡女攻略のヒントになるかもしれんのやから」


 教え諭すように言われたので「もうたくさんだよ」と返した。

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[一言] 首領を売り払ってしまうんかい!と誰もがツッコミをいれるでしょうなw
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