052 四季の秘密
その日の夜。晩メシと風呂を終えた俺はシキの部屋を視ていた。
初代PSのVRのようだった世界は、PS2くらいにはグレードアップしている。
格段の進化だ。
「今日、昼休みに話したのが効いたみたいやな、だいぶ鮮明になっとる。音も聞こえるようになったで。
見てみ見てみ、あの眼鏡女も風呂あがりなんか、眼鏡かけとらんし、髪もほどいとる……完全にリラックスモードやで……見られとるのも知らんと、鏡とニラメッコしとる……イッヒッヒッヒ」
肩にいる妖精のねちっこい実況を聞き、ここにきてようやく俺は……女の子の部屋をマジで覗いているんだというのを自覚した。
いままでは肉親だったり男だったり、または想像力をフルに働かせないといけないビジュアルだったのだが……ここまで識別できるようになると、まさにプライベート……見てはいけないものを前にしているような気分になる。
手を伸ばせば届くような距離にいるシキ。
風呂上がりなのか、椅子に腰掛けて髪にドライヤーをかけていた。
洗いたての黒髪はキューティクルにあふれ、丸形蛍光灯のようなツヤをまとっている。
身体を動かしているようで、光もあわせて上下に動く。
そのたびに、ザ・女子高生という感じの爽香があたりに広がった。
それもそのはず、シキは演技の練習をしながら髪を乾かしていたのだ。
机の上の鏡を見つめながら、笑ったり、泣いたり、怒ったり、変顔したり……いつもうつむいているのが嘘みたいな豊かな表情を浮かべている。
そして、「よぉーし、フカフカしちゃうよぉー!」とか「アクセス集中! アクセクアクセク!」とか「もう、ブンブン!」などと芝居がかった声をあげていた。
その、走るときにチョロロンとか効果音がしそうな、「でしゅ」とか語尾に付いていてもおかしくなさそうな、幼さあふれる演技と台詞たち。
そのひとつひとつに、俺は鳥肌が立つ思いだった。
モノマネなどでは決してない、正真正銘の『ファイナルメンテナンス』のサーバーダウンちゃんの声だったからだ。
「フカフカしちゃうよ」というのはサーバーダウンちゃんの口グセで、サーバーへ負荷をかける必殺技のかけ声だ。
語感が可愛いので、今やネットスラングのひとつにもなっている。
……ああ、もはや疑いようもないほど確定的になってしまった。
俺がいま目にしているのは……同学年の女子、大西シキのプライベートであると同時に、大人気アイドル声優、秋冬ハルカのありのままの姿でもあるんだ……!
なんというか、急にいけないことをしている気分になり、脈が乱れる。
でも、落ち着け、落ち着くんだ。この光景をいかがわしいことに使う気はもうない。
あくまでコイツ……同じ学年の女子と仲良くなるために覗いているんだ。
そう何度も自分に言い聞かせながら、目を皿のようにして練習風景を凝視していると……シキはサーバーダウンちゃんの声で大きな溜息をついた。
サーバーダウンちゃんはいつも元気なので、こういう演技は貴重だ……と思っていたが、どうやらリアルに消沈しているようだった。
「はあぁ……練習に身がはいらないよぉ……」
学校の時とはうってかわって、よく通る声。
壊れたラジオみたいな喋りをしていた女と同一人物とはとても思えない。
「……もう、お昼からずっとドキドキしっぱなし……まだ顔が火照ってるよぉ……」
頬に手を当て、身体をよじらせはじめた。
「今日のお昼、緊張したなぁ……まさか、あのリンリンさんと、三十郎さんが話しかけてくれるなんて……でも、三十郎さんは図書館でぶったこと、まだ怒ってたみたいだし……やっぱりもう一度、ちゃんと謝っておいたほうがいいのかなぁ……」
まさか独り言に登場するとは思わず、俺は「えっ」となった。
コイツのリンに対する態度にはムカついたが、殴られたことはもうなんとも思ってねぇ。
それに……コイツはいま、瞳孔の開ききった猫みたいな瞳で「ねぇ、どー思う? どうしたらいいかなぁ?」と、鏡の自分に向かって話しかけている。
その姿がいじらしすぎて、俺はもう何もかも許す気になっていた。
不意にノックの音と同時に「シキ、いるー?」と女の声がする。
シキは「はぁーい!」と可愛らしい返事をしつつドライヤーを置くと、椅子から立ち上がった。
ぱたぱたと部屋の扉へと駆け出すが、ドライヤーはつけっぱなしだった。
途中で気づいて引き返すと、スイッチをわたわたといじって止めようとする。
しかし全然止められず、誤操作で吹き出させた熱風を浴びてしまい「ひゃあっ!?」とひっくり返っていた。
……おいおい、ボタンが3つだけのドライヤー相手に、何やってんだ?
もしかしてコイツ……機械オンチなのか?
シキは最後の手段とばかりにドライヤーの電源プラグをコンセントから引っこ抜いた。
ふぅ、とひと息ついたあと、改めて扉のほうへと向かう。
その背中についていってみると……そこには、シキを大人にして社会の荒波で塩もみしたような、擦れ擦れの女が立っていた。




