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 ……そうして昼休み。


 俺はリンと共に、多くの生徒たちでごったがえす学食にいた。

 依然として胸ポケットにはテュリスが居座っているが、見られないように奥に引っ込ませてある。


 春の日差しあふれるこの季節、学食のスペースは窓側が人気で、太陽に負けないくらい輝いているリア充軍団が占拠している。

 陽の当たらない場所は、文字通り日陰者たちの巣窟と化していた。


 さらに奥まった行き止まりは、余ったテーブルや椅子などが積まれている物置同然の場所となっている。

 その周囲も一応飲食スペースになっているのだが、普通の生徒はまず誰も近寄らない。


 なぜならば配膳カウンターよりかなり遠いし、節電として天井の明かりも消えていて薄暗いからだ。

 それでもスクールカースト最底辺の人間にとっては数少ない憩いの場所なので、まばらに人影はある。


 先の日陰者たちは、男子であるならばカードゲームで対戦していたり、女子であるならば鼻息荒くカップリングについて語り合っていたりと、一応趣味を同じとする仲間がいるのだが……この最底辺ではつるむ者はいない。

 皆おひとり様だ。


 普通、ぼっちというのはこんな食堂ではメシは食わない。

 よくあるのは誰も来なさそうな校舎裏とか、トイレの個室とか、人目のないところでランチを楽しむんだ。


 なかでも人気スポットだったのはトイレだったんだが、この学校はぼっちの数がかなりいるらしく、昼休みはどこのトイレも個室が埋まってしまうという事態が発生した。


 ぼっちでない生徒たちの苦情を受け、風紀委員が『便所飯撲滅運動』なるものに乗り出した。

 一時期、トイレの前には風紀委員が立ち、入ろうとする者を手荷物検査するまでの事態に発展したんだ。


 やりすぎな気もするが、個々のぼっちは抗議などするわけもなく、我が校の便所飯文化は衰退した。

 そして行き場を失った者たちは、ゴキブリのごとく校舎裏の隙間に逃げ込んだのだが……それすらあぶれた者たちが、やむなくこの食堂にいるということだ。


「うーん、まさしく社会のボトムズが集っとるなぁ」


 ポケットの縁から、鼻より上だけ出している妖精がつぶやく。

 降着するATのような人影がチラホラとある中、目ざとくターゲットを見つけたリンが元気に呼びかけた。


「……あ、いたいた! 大西さん!」


 この空間で大きな声を出す人間はいないので、まわりの生徒はビクッと肩を震わせていた。

 呼びかけられた大西シキが一番びっくりしている。


 尻にスプリングがあるのかと思うほど椅子から飛び上がったあと、膝をしたたかにテーブルの裏にぶつけ、持っていた箸を取り落とし、気管に入ったのか激しくむせていた。


「わぁ、ゴメンゴメン、ビックリさせちゃったね」


 リンは気遣いつつ、シキのテーブルに足早に近づく。


 手にしていたサラダうどんの載ったトレイを、ごく自然にシキの右隣に並べ、そのまま流れるような動きで腰掛ける。

 そしてさも当たり前かのように、咳き込む背中をさすり始めた。


 ……今回の作戦はこうだ。


 ターゲットであるシキはかなりのコミュ障であることを想定し、メシ時に奇襲するのが最適だと判断。

 コミュ障は親しくない人間が呼び止めたところで、何かにつけて理由をつけて話を切り上げ逃げてしまう。


 だがメシを食っているときだけは別だ。

 メシを食い終わるまでは逃げるやつはいない。


 メシを中断するほどの用事を途中で思い出すのは不自然だからだ。

 嫌なら嫌とハッキリ言えず、理由がないと人の前から去れないのがコミュ障という生き物。


 まぁ、それはさておき……メシの最中のターゲットを見つけたら、まずは切り込み隊長であるリンが接触。

 ターゲットの右手側に回り込み、配置につく。


 その後、俺がターゲットの左側に回り込み、配置につく。

 ターゲットを中央に捉えた左右から挟み撃ちで、トークの砲撃、開始……!


 発案者である妖精曰く、これぞ『鶴翼口説きの陣』……!


 狙っている女性相手には、正面に座るより隣がいい。

 正面は対立を意味し、警戒心を抱かせる。隣の場合は協力を意味し、安心感を抱かせる。


 もし左右も選べるのであれば、相手の右より左のほうがいいらしい。

 妖精曰く「恋愛は右脳でするからや!」とのこと。


 俺は脳のことはよくわからねぇが、その作戦に乗ってみることにしたんだ。

 共に妖精からの作戦を聞いていたリンは、


 「そんなことしなくても、普通に話せばいいのに……?」


 と頭にはてなマークをいっぱい浮かべているような顔をしていたが、協力してくれることになった。


 そして今……スムーズに配置についたリンは、シキにボディタッチできるほどの接近に成功していた。

 背中をさすられていたシキは、目を伏せたまま頭をぺこぺこ下げている。


「あっ、あっあっあっあっ、ありがっ、ありがとうござ……ござます……はっ、華一さん……もっ、もう、大丈夫、れす……」


「ああ、よかった! でも、華一なんてやめてよー! リンリンって呼んで!」


 『リンリン』というのはリンの愛称だ。


「はっ、はひ……り、りりり……りりりりり……」


 シキは昔の電話の呼び出し音みたいな声をあげたあと、一度息継ぎをして、


「りっ、リンリンさんっ……!」


 清水の舞台から飛び降りている最中のような声をあげた。

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