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「図書館の『チックルキラー』の100巻の中には、もうひとつネタバレの落書きがあるはずや」
「……なんだと?」
リンの時に次いで二度目……披露された探偵の推理は、予想を遥かに越える奇想なものだった。
「おそらくそれは、旦那の落書きした登場人物紹介の位置よりもだいぶ後にあると思うで」
「……どういうことだよ?」
「ネタバレをされて、昼休みは怒っていたハズの人間が、放課後に感謝してくる……。
これはどういうことかというと、眼鏡女は旦那が落書きした後に『チックルキラー』の百巻を借りたということになる。
それで朝か昼休みに読もうとしたんやろうね」
まるでその場にいたかのように、妖精は語り始める。
「ワクワクしながら本を開いたら……登場人物紹介のところで犯人のネタバレをされて、旦那の名前を知ったんや。
それで、メチャクチャ怒ったんやろうね。
眼鏡女は司書の先生に報告して、旦那を叱ってもらったんや。
でもそれでも腹の虫が収まらんかったんやろうな、司書室から出てきた旦那を問い詰めて、衝動的に殴ってもうたんや」
まぁ、理解できる。と俺は頷いた。
「普通やとネタバレされた本なんて読む気がせぇへんけど、眼鏡女は筋金入りの本好きなんやろうなぁ。
それにせっかく99巻まで読んだことやし、と犯人がわかりつつも100巻を読んでみたんや」
本のページをめくり、血眼になって読みこむ仕草をする探偵。
シキのマネをしているつもりのようだ。
「そしたら物語の終盤……おそらく一番の盛り上がりのところで、他の誰かがイタズラで書いた犯人のネタバレを見てもうたんや」
「それがさっきお前が言ってた、もうひとつのネタバレってやつか。
でも、ふたつあるからって何だってんだよ? 念を押されただけじゃねぇか」
フフーン? ともったいつけるような薄ら笑いを浮かべるテュリス。
はたき落としてやりたい衝動にかられたが、ぐっとガマンして続きを待つ。
「ここがミソなんや。
もし、旦那が指摘したネタバレが間違いで、後に書いてあったネタバレがホンモノやったりしたら……どうなると思う?」
「……ワケがわからねぇな」
「そう、眼鏡女は混乱するやろ? どっちが犯人なんや? って。そうなると、どうすると思う?」
「……最後まで、読んで確認するだろうな」
テュリスはピチン! と指を鳴らす。
「うぃ、そうや! どっちが犯人か確認したくなるやろ?
きっと眼鏡女は、ネタバレを知ってもなお、ドキドキしながら読めたと思うで。
旦那のおかげで、ネタバレのどちらかが間違いで、それどころか両方とも間違っとる可能性も出てきたわけやからな」
「そ……そう……か……」
俺は自然と生返事になっていた。俺が書いたネタバレが本当に間違いだったのかと気になりだしたのだ。
「それで読み終わった眼鏡女は気づいたんや。
後に書いてあるほうが本物のネタバレであることに。
でもそうなると疑問に思うわな、登場人物紹介でのネタバレは何だったの……と」
「まぁ……そうだろうな」
俺は返事もそこそに、スマホの操作に集中していた。
先程までテュリスに見せていたページを、三度開こうとしていたからだ。
「あれこれ考えた挙句、旦那が機転をきかして追加の落書きをして、本物のネタバレを無効にしてくれたんや……という結論に至っても、おかしないやろ?」
「あ……ああ……そうかも……な……」
事実確認を終えた俺は、気まずさでいっぱいの顔をあげる。
俺が見ていたまとめサイトに書かれていたのは、嘘バレ……いわゆるガセネタだったのだ。
どうやら俺がオッチョコチョイを発揮して、嘘バレを書いてしまったのは事実のようだ。
ちょっと恥ずかしい気もするが……それはまあ、どうでもいい。
それよりも気になるのは……本当にシキはネタバレを潰してくれたからという理由で、俺に感謝したんだろうか?
助かったといえば助かったということになるが、偶然にしちゃできすぎだ。
「ま……感謝されたのは、もっと別の理由かもしれんけどな。
校門で話したときの眼鏡女は情緒不安定やったんやろ?
ということは、意味もなくお礼を言っただけの可能性もあるなぁ」
「お前、いったいどっちなんだよ」
「さっきのはあくまでワイの推理やからね。気が向いたら、落書きした100巻を確認してみるとええ。もうひとつネタバレがあったら、ワイの考えた線で間違いないやろうな」
自説の正しさにあまりこだわりもなさそうなテュリスは、どろこん遊びを終えた子供のように探偵の服をポイポイと脱ぎ捨てた。
「さぁて、探偵ゴッコはこのくらいにして、そろそろやろか」
「……やるって、何を?」
「決まっとるがな! ハーレム王になるための作戦会議やがな!」




