045
自室に閉じこもるなり、手にしたテュリスをペタペタマンのように壁に叩きつける。
テュリスは壁に深く埋まりながら、それでも今日あったことを尋ねてきたので、話してやった。
俺はあんな辱めを受けた後だというのに、心は妖精に対してザルようになっていて、ためらいのフィルターを通す間もなく何もかも口にしていた。
「ええっ!? 図書カードがなかったから、直接本に名前を書いた!?
そのうえ、犯人のネタバレをやった!?
ワレはアホか!? どアホか!? いったい何やっとんねん!」
そして、リンと同じポイントで叱られた。
「しょうがねぇだろ……お前が名前を書けってアドバイスしたんじゃねぇか、それをやったまでだよ」
「人のせいにすんなや! 大体そんなんで喜ぶヤツおると思うか!?
どんな女心やねん!? ちょっとは考えろや!」
妖精は激昂のあまりロケット花火のように急上昇したが、勢いあまって天井に頭をぶつけ、殺虫剤をくらった蚊のようにフラフラと降りてきた。
「……なぁ……旦那……眼鏡女が本好きってのは視てわかってたことやん……。
ってことは、本に落書きされるのを嫌がるってのは考えんでもわかることやろ……」
怒り疲れたような表情で、噛んで含めるように言われて、俺はようやく気づいた。
「そうか……そういえば、司書の先生もメチャクチャ怒ってたなぁ……あ、でも、ネタバレもダメなのか?」
「当たり前やがな! 百歩譲ってネタバレするにしても、せめて1巻でやったれや!
なんで最後の100巻ですんねん!?」
またスポーンと飛んでいくテュリス。
「それもそうか……でも、その後がわからねぇんだ。放課後待ち伏せをされて、謝られたうえに感謝までされたんだ」
「謝ったのは、殴ったことに対しての謝罪やろうな」
花びらのように漂いながら降りてきた妖精は、いつの間にか探偵ルックになっていた。
「後で謝るくらいなら、なんで殴るんだよ」
「衝動的に男にプロポーズした旦那やったら、その気持わかるやろ」
「そっか……」
ついカッとなって求婚する行為は今でも理解できずにいるが、カッとなって暴力を振るうのは感情としてはわかりやすい。
よくニュースとかでも犯行の動機になっている。
「じゃあ、感謝するのはどういう心理だったんだ?」
その問いに、探偵は即答しなかった。マッチ棒のような腕を組み、考え込んでいる。
「……うーん、問題はそっちやな……。
えーっと、旦那は朝、図書館で『チックルキラー』の百巻を手に取って、図書カードを探した。
そのあと司書の先生と話して、図書カードがないことを知った。
それで直接本に書き込むことを思いつき、登場人物紹介のところに自分の名前と、犯人のネタバレを書いたんやったな」
俺は「ああ」と頷く。
これじゃまるで容疑者みたいだ。
「旦那は『チックルキラー』の犯人を知ってたんや……わざわざ読んだんか?」
「そんな面倒くせぇことしねぇよ、ネットでネタバレを調べたんだ」
「ちょっと、そのネタバレを見せてくれるか」
俺はポケットから取り出したスマホを操作して、朝調べたまとめサイトを表示する。
妖精に画面をつきつけると、綿棒のような手でスマホをいじりはじめた。
妖精の手でもタッチは反応するらしい。
「ふーん……なんとなくわかったような気がするでぇ」
スマホを挟んだ向こう側から声がしたので、
「なに、わかったのか!?」
俺は壁を取り払い、無能な警部のように尋ねた。




