044 四季の正体
ハーレム入り第2号として狙っていた女、大西シキ。
昼休みに俺をブン殴ったあと、放課後に待ち伏せして謝ってきて、そのうえ感謝された。
ヤツは言いたいことだけを一方的に伝えたあと……いや、俺には何ひとつ伝わってないのだが、脱兎のごとく離脱し、校門の外へと走り去っていった。
そのあと、リンがやって来た。
一応、シキと話はできたことを報告したのだが、リンは「なんでそんなカッコしてんの?」と不思議そうだった。
そのあとは特にすることもなかったので、借りていた装備をこっそり返すことにした。
出島を右往左往して返却を手伝ってくれたリンが教えてくれたのだが、薙刀部は女子部しかないらしい。
ってことは俺は……武器を借りるためとはいえ、知らず知らずのうちに女子の部室に侵入しちまったのか……!
運動部の部室にしちゃなんか独特の香りだなぁと思ってたんだが……まさか、女子更衣室だったなんて……!
借りるときは部室に誰もおらず、出入りする姿も誰からも見られなかったハズなので助かったが……もう一度同じことをしなくちゃいけねぇのか……!
頭を抱えていると、リンが「しょうがないなぁ、ボクが戻してきてあげるよ」と俺の手から薙刀を取った。
問題の薙刀部の部室のまわりは、休憩中の女生徒たちで賑わっていた。
長屋の一角を女子部が占有しているようで、他の部の女たちもいて大変なことになっている。
コミケの女性向けブースみたいな人いきれだ。
いや、むしろ女性専用車両といったほうがいいかもしれない。男は近寄ることすら許されないような雰囲気がある。
そんな中に、薙刀を抱えたリンという異物が侵入していく。
といってもコソコソするわけでもなく、挨拶しながら堂々と歩いていき、薙刀部の女生徒たちとも普通に絡んでいた。
そして、ごくごく自然な流れのように部室に入っていく。
そこからはだいぶ時間がかかったので、もしや中で袋叩きにあってるんじゃないかと心配したのだが……しばらくすると扉が開き、道着姿の女生徒たちと共に笑顔で出てきた。
「おおっ……!? す……すげえ……!」
完全無傷で帰投した男女を、俺は歴史上の偉人にリアルで遭遇したような目で見つめていた。
「女子の部室くらい、着替え中のときじゃなければ男の子のときにも普通に入ってたよ」
事も無げに返されて、俺は絶句する。
「そういえば、さっきは何人かの女の子が道着に着替えてる真っ最中だったけど……ボクを見ても特に気にしてなかったなぁ」
「お、お前、まさか……『ひとつの指輪』でも持ってんのか……!?」
その後、リンは所属しているジークンドー部の部活に行くからと言うので、その場で別れた。
さっきも言ったが、俺は部活には所属していない。
そしてこれ以上、放課後のキャンパスですることもなかったので、そそくさと家に帰った。
いつもよりだいぶ遅く門扉をくぐった俺を、破裂音が迎えてくれた。
「レベルアップ、おめでとぉおぉぉーっ!」
長城に並ぶ大砲のように、玄関前のフェンスにセッティングされたいくつものクラッカー、その紐を次々と引っ張って鳴らしまくる妖精。
「サンちゃん、レベルアップおめでとー!」
我が事のように嬉しそうにクラッカーを鳴らす、満面の笑顔の姉。
「ところでさ、レベルアップってなに?」
やらされてる感満載でクラッカーを鳴らす、シニカルな妹。
「聞いて驚くなや!? サンの字についに女の子の知り合いができたんやで!」
テュリスの大本営発表に、
「わあーっ! ぱちぱちぱち!」「え……ええっ!? マジ!?」
歓声とともに手を打ち鳴らすルナナと、信じられないといった様子のバンビ。
玄関先で盛り上がる、かしましトリオ。
それを俺は、連休明けの月曜日のように暗い気持ちで見つめていた。
……やめてくれ。我が姉妹よ。
妖精の口車に乗せられて、俺の恥をえぐるような祝福はやめてくれ。
それも、こんなご近所の目があるような場所で。
「今日はごちそう作らなくっちゃ、お赤飯がいいかしら?」
「いや、男の場合はトロロ汁に白いケーキらしいで」
姉よ、それは別の祝いだ。それと、妖精は黙ってろ。
「もしかして……三十郎、マジでハーレム王になるつもり!?」
「うぃ、そうや! といってもマンハッタンにあるやつの王様ちゃうで!
お前のお兄ちゃんは乳丸出しの女をはべらせるほうの王様になる言うとるんやでぇ!」
妹よ、小学生がハーレムとか言うな。お隣さんもビックリしてるじゃないか。
これなら「ユーチューバーなるつもり!?」とか言われるほうがよほどいい。
「海賊王になるつもり!?」でもいいぞ。それと、妖精は今すぐ野良猫に食われろ。
「あ……わかった!
レベルアップってどーせゲームか何かのことかと思ってたけど、ゲームじゃなかったんだね!
現実で、人間としてレベルがあがったってこと!?」
妹よ、察しの良すぎる子供は嫌われるぞ。
「えらいえらい、サンちゃん! でもいつの間にラベル貼りのアルバイトなんてしてたの!?」
姉はもうちょっと察しろ。
「うぃ、そうや! サンの字は今日、人間的に成長したんや!
ずっと三輪サンちゃんやったのが補助輪サンちゃんになったんや!
十六年間友達もおらんかったのが、ついに女の子と口をきくまでになったんやでぇ!
ご近所さんにも教えたらんと……ムギュッ!?」
俺は、蟲笛のように飛び回りながらわめく妖精を空中キャッチすると、早足で家の中に逃げ込んだ。




