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043

 一定距離まで詰めると、敵はついにこちらに気づいたようだ。

 眼鏡の向こうの瞳を細めながら、俺の姿を舐め回すように見ている。


 しかし、こちらの正体にはまだ気づいていないようだ。


 なにか見てはいけないものを見てしまったかのように顔をそらしたかと思うと、助けを求めるような視線をさまよわせ、そしてまた俺を見る、というのを繰り返している。


 今にも逃げ出しそうに門柱に引っ込みだしたので、俺は宣戦布告もかねてヘルメットのガードを上にあげ、顔を見せてやった。


 するとヤンデレ女は、キツネにつままれたような反応を見せた。

 何が起こったのかわからない様子で、茫洋と視線をさまよわせたあと、


「あっ……」


 密やかに息を呑んだ。


 反応が薄いのでちょっとわかりにくかったが、ちゃんと肝は冷やしたようだ。

 でも、そうじゃなくちゃ困る……お得意の奇襲をやり返してやったんだからな。


 さぁ、どう出る……!?

 このまま正々堂々と戦うか、それとも、逃げ出すか……!?


 ずる、ずる、と引きずるような音をたて、重装備(ヘヴィ・アーマー)の俺が、ついにヤツのリーチ圏内へと踏み込んだ。


 幽霊のように佇むヤンデレ少女を、着膨れした俺の影が覆う。

 さぁ、もう逃がさねぇぞ……決着をつけてやる……息巻いていると、


「あ……あの……すみま……せんっ」


 敵は気の抜けるようなか細い声をあげた。


 そして巣から出ようとするプレーリードッグのようにあたりをキョトキョト見回したかと思うと、門柱からおずおずと全身を現す。


 とうとう、観念したか……? しかしまだ油断はならねぇ。


 眼鏡女は武装した俺を前にしているというのに、ひたすらうつむいている。

 図書館で会ったときもそうだった。どうやらこれがヤツのファイティングポーズらしい。


「あの……あのあのあの……その……」


 そして誰かと話すときに、凍えているかのように身体をもじもじさせるのも標準らしい。


「私……ちっく!」


 突然シャックリみたいな大声を出してきたので、俺はビクッとなってしまった。


 いままで囁くような声しか出してなかったのに……威嚇してんのか?


 しかしただの声量ミスだったようだ。

 自らを鎮めるようにスーハーと深呼吸したあと、再び唇を震わせる。


「あの……私……ちっく……『チックルキラー』みたいなふぁ、ファンタジーが、大好きなんです……」


 意味不明のカミングアウトをされた。


「あっ……えっ、いや、違っ。さっ、さっき、100巻を読み終えた、んですけど、とっ……とっても面白かった……です」


 わたわと首を振って言い直した内容も、またしても意味不明だった。


「ちっ、チックルキラーの正体が、まさか、王様だったなんて……どっ、ドキドキで……しっ、心臓が止まるかと思っちゃって……」


 俺の靴に話しかけるように下を向いたまま、高鳴る胸を押さえるような仕草をしている。

 どうにも話の要領を得なかったので、こっちから尋ねてみることにした。


「……俺が登場人物紹介のところで犯人をバラしたことを、怒ってるんじゃないのか?」


 するとダンゴ虫のように、きゅっ、と身体を縮こませ、手と頭をブンブン左右に振り出した。


「あっあっあっあっ、ちっ、違います。あっ、い、いいえ、違っ、違わないんです、けどっ」


 だ……だめだ……何がなんだかサッパリだ。


 相手も同じ言語を話しているのは間違いないはずなのだが、日本語が通じている気がしねぇ。

 もしかしてこれが噂に聞く「メンヘラ」ってやつなんだろうか……。


 俺からすっかり戦う気を奪い去ったメンヘラ女は、さらなる奇行に出る。


 三つ編みがデンデン太鼓みたいにバチバチ顔に当たるのもかまわず、頭を振り乱していたのだが……何の前触れもなく、またしても突如として、悪霊に取り憑かれたかのように、くんっ、と背筋を仰け反らせた。


 腹からエイリアンでも出すつもりなのかと身構えたが、


「ぶ……ぶったりして……ごめんなさいっ……!」


 図書館でいきなりブッ叩いてきた時と同じように、風を起こすような猛烈な勢いとともに深々と頭を下げてきたのだ。


 その角度、四十五度。最敬礼、というやつだ。


「そっ、それと……あっ、あ、ありが、ありがとうございました……!」


 それと、ついでに感謝されてしまった。

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