041
スカートがふわりとするほどの勢いで前方の岩に着地すると、リンは振り向いて俺を見下ろす。
「大西さんならまだ校内にいると思うから、手分けして探そう!」
「な……なんでだよ?」
「会ってちゃんと説明して、ちゃんと謝らなきゃ!」
「な……なんでそんなこと……?」
「大西さんと仲良くなりたいんでしょ!?」
「な、仲良く……?」
「なりたいんでしょ!? でなきゃ、本に落書きまでして気を引きたいだなんて思わないじゃない!」
「ま……まぁ……」
「なら、話をしなきゃ! こういうのは早いほうがいいんだって! 明日になるともっと話し辛くなるよ!」
「そういうもん……なのか?」
すると、熱弁していたリンの瞳にさらに力がこもった。
「うん、ボクだって三十郎にラブレターを捨てられてから、何度話そうと思ったことか!
でも、できなくって……いつかは、って思ってたんだけど、日が経つほどにどんどん切り出しにくくなっちゃって……。
だから、今日中に話したほうがいいよ! でないと絶対に後悔するから!」
「……俺は、もう別にいいんだがな……アイツと切れても……」
「なに言ってんの! ハーレム王になるんじゃなかったの!? ならこんなことでくじけてちゃダメでしょ!」
リンは岩から降りるなり俺の手を取る。力任せにベンチから引っ張り起こされてしまった。
「いい? 見つからないからって途中で帰ったりしちゃダメだよ?
もしそんなことしたら、大西さんを連れて三十郎ん家まで押しかけてやるんだから!」
「そ、それは勘弁……」
「なら、ちゃんと探す! ボクは建物の中を探すから、三十郎は外を探して!」
「わ、わかった。でも、アイツはインドア派っぽいから……」
外にはいないんじゃないか? と言い終えるより早く、リンは俺に背を向け走りだしていた。
昇降口に回り込む時間も惜しいのか、校舎の開けっ放しの窓を乗り越え見知らぬクラスに踊りこむ。
まるで命を絶とうとしている親友を探しているかのように大げさに名前を叫んでいる。
たいした行動力だな……と感心すると同時に、他人事だろうになんであんなに張り切れるんだ? と疑問も抱いた。
アレじゃ、ガキの頃の俺みてぇじゃねぇか……。
とはいえ女になりたがるような男のことなど考えてもわかるはずもなく、俺もぼちぼちと捜索を始めることにする。
暴力眼鏡の居場所としては図書館が最有力候補なんだが、室内はリンの担当だから……図書館の外にあるテラスにでも行ってみるとするか。
丘からの見晴らしがよくて、この季節は人気スポットなんだ。
しかし歩きだしたところではたと気づく。
そうだ、こんな時こそアレじゃねぇか。
俺は額の『VRバンダナ』をおろす。
これでシキの居場所を探すんだ。
視界は中庭から、南にある正門の切り替わった。
ここも図書館と同じパブリックスペースだから、現実のように鮮明だ。
まるでテレポートしたみたいな錯覚に襲われる。
肝心のリンはどこだ……? と探してみたが、見当たらねぇ。
ちらほらと帰宅部のヤツが通り過ぎていくが、どれも人違いだった。
ふと、視界の隅……校門の隅のほうで蠢くものに気がついた。
モゾモゾしている人影だ。
女生徒で見抜きしている変質者か? と思ったが違った。
それは……ちょうど探していた文学少女だった。
まるで門の陰に隠れるようにして、時折ひょこっと顔を出しては、ちらちらとあたりの様子を伺い、また引っ組む、というのを繰り返している。
娯楽性のカケラもねぇモグラたたきみてぇだ。
ヤツの地味さも相まって、タイミングが悪ければ見過ごしてしまうところだった。
……しかしアイツは、こんな所で何をやってるんだ?
誰かを待ちぶせでもしてるのか?
そう考えて、ハッとなった。
もしかして、また俺を襲うつもりなのか……?
あ……ありえる!
リンの言うとおり、ネタバレがショックなんだったら……殴り足りないというのもありえるかもしれない……!
あと考えられるのは……図書館で俺を殴り、倒れたところにトドメを刺すつもりだったのに、吹っ飛んだ拍子に本が崩れて大きな音をたてちまった。
騒ぎを聞きつけて司書が来たから追撃できず、改めて待ち伏せしてるのかもしれねぇ……!
何にせよ、すげえ執念だ。俺はとんでもねぇヤツの恨みを買っちまったのかもしれねぇ。
校門で待ち伏せだなんて、ヤンデレにも程があるだろ!
きっとここで逃げたところで、家まで追い込みをかけてくるに違いねぇ。
そうなると……ルナナとバンビまで危険に晒しちまう!
よし……こうなったら……ここで決着をつけてやる!
もう女だなんて気にしてる場合じゃねぇ!
そうと決まればリンを呼び戻して、ふたりがかりで……!
いや、ダメだ! 関係ないヤツを巻き込むわけにはいかねぇ!
これは俺のまいたタネだ。だから、俺ひとりでケリをつけなきゃダメだ……!
「……よし……!」
俺はバンダナを額に戻すと、覚悟に満ちた足取りで西へと針路をとった。




