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俺は、午後イチの授業には出席できなかった。
サボったわけじゃなく、崩れた本を元通りにさせられていたからだ。
ひとつ飛ばしで参加した残りに授業も、いつも以上に身が入らなかった。
なんで俺が殴られなきゃいけねぇんだと、思い出せば思い出すほどムカついてたまらなかった。
あんな女に関わろうとした俺が間違ってたんだ。
まったく、一緒のクラスじゃなかったのが不幸中の幸いだ。
やはり底辺の女は底辺だけの理由があるんだな。
せっかく俺が手を差し伸べてやったのに、何でブン殴られなきゃいけねぇんだ。
殴る前に俺の名前を確認してたから、人違いってことはありえねぇ。
通り魔ってわけでもねぇ。俺を待ち伏せして、名指しで攻撃してきたんだ。
何だってんだよ……俺が何したってんだ……!?
いや、理由なんかどうでもいい。やられっぱなしってのが気に入らねぇ。
相手が男だったら仕返ししてやるのに……相手が女の場合、どうすりゃいいんだ?
同じように殴り返してやるか……?
いや、それはダメか……女に手を上げるのは良くねぇ。それにもし誰かに見られでもしたら大変だ。
女どもは男以上に順列を作るクセに、イザ何かあったら一丸となって批判してくるんだ。
ああ、くそっ……なにがモテモテ坂だ……! なにがハーレム王だ……!
今の俺は、ひとりの女もモノにできねぇ、ただ殴られただけで、こうやって悶々としてる役立たずだ……!
己の無力さも重なって、もう何に対して怒ってるのかわからなくなった。
教科書やノートのページをくしゃくしゃにし、何度も殴りつけたが、気持ちは晴れなかった。
放課後のチャイムが鳴った途端、俺はスクールバッグをひっ掴んで教室を飛び出す。
一刻も早く家に帰るつもりだったんだが、声が追いすがってきた。
「ちょっと待って、三十郎!」
リンだった。
「お昼休みに学食で、ずっと待ってたんだよ!」
廊下で前に回り込まれたが、無視して階段を駆けおりる。
「それに遅れて教室に戻ってきたと思ったら、ずーっと機嫌悪そうにしてて!」
階段で前に回り込まれたが、無視して玄関へ走る。
「図書館でなにかあったの!?」
とうとう靴箱を塞ぐように通せんぼされてしまった。
俺はぜいぜいと肩を上下させながら、コイツはかなり足が速いんだな、と感心した。
校舎に囲まれた中庭のベンチで、俺はリンに図書館であったことを説明した。
「……ハァ!? ひっどーい!」
そうだろうそうだろう、あの女はひどいやつだろう、と救われた気持ちになったのだが、
「そりゃ怒るよ! そりゃ殴るよ! だって楽しみに読んでた本の犯人をバラされたんだよ!?」
俺の思惑とは逆に、リンは文学少女のほうに共感していた。
「そ……そうか?」
「自分に置き換えて考えてみれば、わかるでしょ!?」
「うーん、本を読むのは面倒くせぇから……内容を教えてくれるほうが嬉しいんだがな」
ミステリーなんざ、要は犯人がわかりゃいいんだろ?
本なんて一冊読むのに何時間もかかるんだから、教えてもらったほうが時間の節約にもなるじゃねぇか。
本だけじゃねぇ、俺はエロゲーとかでもエロシーンだけ見れればいいと思うタイプだ。
そこに至るまでに、なんかゲームみたいなのをやらされんのは大っ嫌いだ。
しかし……目の前のニセ女子高生からの共感は得られなかったようで、ジト目で睨まれた。
「三十郎って昔っからそうだよね……そういうとこ、どっかズレてるんだ……」
「お前は昔の俺を知ってんのかよ」
適当なことを言うなと思ったんだが、それがシャクにさわったようで、今度は正面から睨みすえられた。
「知ってるよ! 幼稚園の頃からずっと見てたんだから!
キスしたら赤ちゃんできると勘違いして、保育士さんにキスしまくってたこととか!
飼育小屋の鶏を逃がしちゃって、スーパーの卵を温めて孵化させようとしたこととか!
月から逃げるために沖縄まで行っちゃって大騒ぎになったこととか!」
もうすっかり忘却の彼方にあった黒歴史を並べたてられて、グウの音も出なかった。
当時はマジだったけど、今思い返すと痛いヤツじゃねぇか……。
もしかして俺がシキにしたことは、それと同じだってのか……!?
俺はがっくりと頭を垂れてしまい、見かねたリンから慰められてしまった。
「でもまぁ……悪意でやったわけじゃないよね?
大西さんに喜んでもらえると思って、善意でやったこたことなんだよね?」
俺は、うなだれたまま頷く。
「よぉーし、ならオッケー! やろうっ!」
何がオッケーなのかわからないが、リンは勢いよくベンチから立ち上がり、そのまま幅跳びのようにピョンと跳ねた。




