038
壁は一面の本棚、真ん中には事務机。
来客があるのか知らんが、革張りのソファと応接机がある司書室。
いや……今は俺が来客なのかもしれねぇ。
ひとり掛けのソファに腰掛けていたフミミ先生は、「座りなさい」と対面のベンチソファを示した。
室内には俺とフミミ先生以外、誰もいない。
みんな昼飯で図書館にも人がいないせいか、恐ろしいほど静まりかえっている。
そんな中、静かな怒りを感じた。静かだけど、激しい情念。
怒りすぎたあまり表情がなくなっちまった、みたいな表情のフミミ先生。
「……これ、あなたが書いたの?」
浮気を問い詰める妻のような声で差し出されたのは、登場人物紹介のページが開いた『チックルキラー』の100巻。
俺は、とぼけることもできた。
まさか、公共物である図書館の本に、自分の名前を出席番号まで含めて落書きするバカはいませんよ、これはきっと、俺をハメようとしてるヤツがやったんでしょう。……と。
少し前の俺……十六歳の誕生日を迎える前の俺だったら、きっとそう答えていたであろう。
だが今の俺は……なぜか素直に「はい、そうです」と白状していた。
次の瞬間フミミ先生は、印象の通りの教育ママと化した。
成績の悪い我が子をグチグチネチネチと、いびるような説教を開始。
俺は黙って聞いていたのだが、ひとりで勝手に激昂して、ヒステリーかと思うほどに怒鳴り散らすこともあった。
もう教育の範疇を通り越し、罵倒ともいえるほどに。
かつて字の読めない者たちは、素晴らしい本の意味も理解できずに心ない落書きをして憂さ晴らしをしていた。
あなたはその愚か者と同じ、地獄に落ちるべき人間だとまで言われた。
なんでこんなことをしたのかとさんざん問い詰められたが、まさか「女の子に名前を覚えてもらうためです」とは言えず、ひたすら「すいません」と頭を下げた。
けっきょく昼休みの終わりギリギリ……一時間近く説教され、本も弁償することになり、三千円を払わされてしまった。
くそ……踏んだり蹴ったりじゃねぇか……と歯噛みをしながら司書室を出たのだが、そんな傷心間もない俺の前に、ひとりの女が立ち塞がった。
背は、俺より少し低い。リンよりは、少し高い。
カラスみたいな真っ黒なおさげ髪。中学のときからそうだったんだがかなり長く、腰のあたりまで伸びている。
髪を三つ編みにするのは結構大変なんだ……趣味のドールでやってるからわかる。
しかもこんな長髪だとどこからしら髪がはみ出すと思うのだが、一糸乱れぬといった感じでキッチリとまとまっている。
その整然さに引けを取らない前髪。
髪留めによって完璧なる三角形で額を露出させている。
左右対象のような位置に存在するふたつのヘアピンはシルバーで、よく見るとそれぞれに、春、夏、秋、冬を彷彿とさせる飾りがついていた。
うちの学校は髪型は自由なはずなのに、厳格な学校だったとして太鼓判を押されるくらいの優等生的ヘアスタイルだ。
化粧っ気のない色白の顔には、ぶっとい黒縁の丸眼鏡。
神経質なくらいに磨かれた、レンズごしの瞳。
読書のときはカッと見開いていたが、いまは卒業写真のときと同じように伏し目がちだ。
そして、目と同じくらい主張しない小鼻とほっそりした唇。
いずれも控えめではあるが、逆にそれがスッキリとした印象を与え、こうして見ると不細工ではない。
顔の作りだけなら、美少女グループに入ってもおかしくないレベル。
個人的な好みでいっても正直、悪くはない。
悪くはないのだが……それよりも何よりも、噂にたがわぬ地味さが全てを台無しにしている。
制服も、形ばかりの校則を厳守した着こなし。
膝下どころか、スネ丈のスカート。
統括すると、髪型も、顔立ちも、服装も、なにもかもが普通……。
一周回って、驚くくらい普通……!
ああ、もうハッキリ言っちまおう。
コイツは究極に面白味のない女ってことなんだ……!
そう、そうなんだ。全体的につまらないんだ……。
来期アニメだと一覧の時点で切るレベル……!
いつもであれば、気づかずに通り過ぎてしまうほどの「その他大勢」っぽさ……!
こうして実物を目の当たりにするのは初めてだったが、石ころのような存在感の女……!
それが、大西、四季……!
完全無欠の地味子との、予想外の遭遇だった。




