037
リクルートスーツみたいに地味で、カッチリしたスーツのシルエット。
図書館の司書って、もっとゆったりした服を着てて、おばあさんの印象があったんだが……うちの学校のはだいぶ若いようだ。
とはいえ新米教師のルナナよりは老けてるな。
胸はルナナに劣らないほどあるが。
髪は長そうだが、後頭部でキッチリと編み上げている。
表情はなんだか事務的というか、冷ややかな感じ。
本人はタレ目なんだが、端がキツく吊り上がった感じの眼鏡のせいだろう。
メガネチェーンがついているのも、近寄りがたさに拍車をかけている。
こういう女って、なんて言えばいいんだろうな……?
この神経質が凝固したような身なりと顔つき……そう、そうだ、教育ママと呼ぶのがしっくりくる。
俺に声をかけてきたのも、困っているのを助けようというか、不審者を見つけたようなカンジだし。
本好きをこじらせると、こんな生き物になっちまうんだろうか。
となると、シキも……。
「あの、どうかしましたか?」
俺がボヤッとしていると、司書はもう一度声をかけてきた。
ヤバい、不審さが色濃くなっている。
平静を装い「なんでもないです」とこの場を離れてもよかったんだが、スーツを押し上げる物体につい目を奪われてしまった。
「あ……はい、えーっと、あの……滝沢……文美先生?」
俺は名札を見るフリして、胸のおっぱいを……。
いや、おっぱいを見るフリして、胸の名札を……。
いやいや、おっぱいを見るフリして、胸のおっぱいを……。
「滝沢文美です。
あなたは学校の本を振り回して、いったい何をやってるんですか?
本は遊ぶものではなく、読むものですよ?」
問い詰めてくる警備員みたいなフミミ先生。
逃げると追いかけてきそうな雰囲気を、ひしひしと感じる。
誤解をとく意味と、せっかくでもあったので、俺は自分の名前を名乗ってから、図書カードについて尋ねてみた。
すると先生は、ちょっと驚いたような、感心したような声をあげた。
「はぁ、あなた、よくそんなことを知っているわね、それは私が学生だった頃の話よ。
いまは個人情報の扱いを厳重にしないといけないから、図書カードはありません」
今は、生徒がひとり1枚持っているIDカードと、本に付けられたバーコードを読み取ることで処理しているらしい。
貸出カウンターも基本的には無人で、借りたい本人が端末を操作して貸出手続きをするようになっている。
図書委員はもちろんのこと、司書の先生ですら誰が何の本を借りたかはわからないようになっているとのこと……だった。
俺は、去っていく先生の背中を見送りながら、唇を噛む。
くそ……あの妖精……なにがウル技だ……化石みたいな情報を吹き込みやがって……。
わざわざ朝イチで来たっていうのに、これじゃ完全に無駄足じゃねぇか……!
帰ったらとっちめてやらねぇと……と指の骨を鳴らしていたのだが、ふと、グッドアイデアが閃いた。
そうだ……わざわざ図書カードじゃなくても、本の中に名前を書いておけばいいんじゃねぇか?
見るかもわからない図書カードよりも、嫌でも目につく所に書いておくほうが確実のはずだ。
俺は思い立つなり、スクールバッグからボールペンを取り出す。
ちょっと茶目っ気を出して、登場人物紹介の一番最後の所に俺の学年とクラス、そして名前と出席番号を書いた。
……これでよし。
でも、何かもうひと捻りほしいな。
うーん、何か気の利いた仕掛けはできないかな。
俺の名前を一発で覚えて、そして二度と忘れなくなるようなサプライズを……。
……そうだ!
俺は、ズボンのポケットからスマホを取り出し『チックルキラー』のネタバレを調べた。
ちょうどまとめサイトらしきウェブページにチックルキラーの正体が書いてあったので、登場人物のページで該当する人物の箇所に「こいつが犯人」と書き加えておいた。
……よし、これでいい。
これでわざわざ中身を全部読まなくてもよくなった。
シキがこれを見たら「ステキ! なんて親切なお方なんでしょう!」と感激するはずだ。
きっと今日の昼休みくらいには「抱いて!」と俺の元にやって来るに違いない。
そしたら女の知り合い、女の友達をも飛び越えて、いっきに恋人ゲットだぜ!
やっぱり俺の成長率はハンパなかったんだ……ふふ、なんか、今日は朝から冴えてるな。
俺は弾む気持ちで100巻を本棚に戻すと、軽い足どりでホームルームへと向かった。
昼休み。
俺は秘密の部屋に向かうところをリンに捕まって、また学食に連行されようとしていたのだが、その道中に校内放送で呼び出された。
至急、図書館の司書室まで来るように……と。
「あれ? 三十郎って図書委員だっけ? 違うよね?
まぁいっか、先に行ってるから終わったらちゃんと来てよね」
不思議そうにするリンと別れ、俺は弁当箱を持ったまま図書館へと向かった。
図書館の真ん中、貸出カウンターの奥にある司書室に、ノックしてから入る。
そこで待っていたのは……朝の冷たい顔を通り越し、能面のようになったフミミ先生だった。




