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 視界がぐっと広がり、まぶしいほどに明るい空間へと出る。

 世界は俺が予想していたより鮮明で、オレンジだった。


 今回のターゲット……大西シキとは修学旅行の班で一緒ってだけだった。

 話してもいねぇから、相手は俺のことをロクに知らないだろうと思っていたのだが……人物も風景も、現実ともいえる鮮明さだった。


「もしかして……シキは俺に好意があるのか?」


 ほのかな期待に反し、妖精は首をフルフルと左右に振る。


「いんや、ここは部屋やのうて図書館やろ? 公共のスペースやとよう見えるんや。

 シキ自身も、見られてもかまへんと思っとるようやな」


「なんだ……そういうことか。たしかに、図書館で読書している姿を隠しておきたいだなんて思うヤツはいないだろうしな」


 ちょっとガッカリだが、確かにシキは図書館にいた。

 俺自身は片手の指で数えきれるくらいしか行ったことがないが、我が校の図書館だ。


 ひとけのない窓際の閲覧ブースで、ガランとした長机にひとり座っていた。

 炎のような夕焼けを背にしながら、分厚いハードカバーの本を瞬きするのも惜しむように見入っている。


 もし背後が本当に燃えていたとしても、読むのをやめないんじゃないかと思うほどの真剣な表情でページをめくっている。

 首をしきりに上下させて文字を追うその姿は、狂気すら感じさせた。


 夕日と蛍光灯の光が混ざり合って、時折変な色で眼鏡のレンズが反射するのが不気味さにさらに拍車をかける。


「でも、本が好きやとは……見た目の印象まんまやね。デブが相撲取りやっとるようなもんや」


 忌憚ない感想だったが、俺も同感だった。


「よし、デブ……やなかった、眼鏡の攻略法探しや。何の本を読んどるか調べてみ」


 俺はシキの対面に立ちに、本のタイトルを覗き込む。


 鈍器にもなりそうな硬いカバーには、白いエンボス文字で『チックルキラー 第98巻』と記されていた。


「聞いたことない本やなぁ……旦那、知っとる?」


「いや、知らねぇ」


 俺はほとんど本を読まねぇ。たまにアニメ原作のラノベを読むくらいだ。


 でも、生理現象すら置き去りにして夢中になるシキを見て、そんなに面白い本なのかと思ってスマホで検索してみた。


 『チックルキラー』というのは中世ファンタジーとミステリーが融合した、イギリス発の新感覚小説らしい。


 連続殺人鬼「チックルキラー」の正体を巡り、国家を揺るがすほどの事件が巻き起こり続けるという内容。

 異例の巻数の多さで、膨大な登場人物が織りなす濃厚な群像劇がたまらないというのがネットの評判だった。


 最新の百巻でひと区切りつき、ついにチックルキラーの正体が明らかになるらしい。

 そこに向かうまでの九十八巻からの怒涛の展開は、すべてを投げうってでも読みたくなるほど盛り上がるらしい。


 シキは今まさにクライマックスのようで、全神経を本に集中させていた。

 さっきからマネキンみたいに同じポーズでほとんど動いていない。


「……うーん、このまま眺めててもしょうがなさそうやね……視るのはこのくらいにして、作戦会議の続きといこか」


 俺は返事のかわりに、バンダナを引き上げる。


 部屋に戻った妖精はいつになく張り切っているようで、直角を描く鋭い軌跡で飛び回りはじめた。


「さぁて、ようやく愛の生き字引と呼ばれるワイの本領発揮や!

 眼鏡女を落とすための横綱級のウル(テク)を伝授したるでぇ!

 もちろん、ウソ(テク)ちゃうでぇ! へのつっぱりはいらんですよ!」


 目で追うのも大変なスピードで、俺はジャラシを振られたネコみたいにせわしなく顔を動かす。


「おお……!

 お前はいったい何のためにいるのかと疑問に思うこともあったんだが、そんな役割があったとは……!

 さっそくその、うるてくとやらを教えてくれよ!」


 俺はおかしなことを言ったつもりはなかったのだが、妖精は聞き捨てならんとばかりにピタッと止まった。

 なぜか「違うやろ」みたいな顔をしている。


「そこは、『おお! ことばの意味はわからんが、とにかくすごい自信だ!』やろ!」


「……なぁ」


「なんや?」


「お前、たまにワケわからんこと言うなぁと思ってたんだが……やっとわかったぞ、意味不明なんじゃなくて、古いネタなんだな?」


「ふ……古いやなんて、失礼な! ゆでたまごに謝れや! ついでにスクラップ三太夫にも謝れや!」


「なんで卵とスクラップに謝んなきゃいけねぇのかわからねぇが……わかったわかった。あとで謝っとくから、うるてくのほうを教えてくれよ」


「まったく、野球拳のためにディスクシステムまで揃えた子供もおるんやで……」


 なだめてもまだ不本意なようで、テュリスはブツブツ言っていたが……しばらくして「まぁええわ」と気を取り直して本題に入ってくれた。


「本好きの女学生に対しては……今も昔も変わらず使えるウル技があんねん!」


 拳を掲げながら、天高く舞い上がる妖精。

 キラキラした光の粒子が、天の川のように後を引く。


「まずは『タッチでドッキリ作戦』~!」

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