033
「あ、でも、勘違いしないでね」
俺がどんな顔になっちまってたのかはわからねぇが、リンは慌てて言い添える。
「友達にはなったけど、結婚はまだダメだよ。
パパもママも女の子になりたいって気持ちはわかってくれたんだけど、結婚までは許してくれなかったんだよね。
ま、ボクもまだするつもりはないし、相手もちゃんと選びたいしね。それに……」
一方的にしゃべり続けるリン。
俺はひたすらイーティングマシーンに徹し、雑念を払っていたのだが……ふとした拍子に顔をあげると、桜色の頬をしたリンと視線がぶつかった。
「……だから、昨日のプロポーズは保留ってことで、ね?」
不意打ち気味に、花びらのような瞼をパッチンと閉じるウインク。
まともに食らってしまった俺は、身体じゅうに電流を流されショートしたように固まってしまった。
も……もちろんだ。
俺だって男と結婚する気は毛頭ない。
男とは絶対にお断りだ。
拷問を受けても男だけはイヤだと叫び続けてやる。
なのになんで……こんなにときめいてるんだ?
なんでこんなに顔が熱くなってるんだ?
なんで心臓が口から這い出してきそうなくらいに、ドクンドクンとせり上がってるんだ……?
保留と言われて嬉しいような、残念なような、まだチャンスはあるよな?
なんて気持ちになっているのは一体なんなんだ?
なんで、なんで、なんで……なんでコイツは……こんなに可愛いんだ……!?
「三十郎? おーい、三十郎?」
紗がかかったような、憧れの人みたいになっているリンが、俺の正気を確かめるように手を振っている。
「あっ……あ……ああ、わ、わかった」
なんとかそれだけ返した。自分でも驚くほどかすれた声で。
「……まったく、昨日ナンパした時はあんなにしゃべってたのに、どうしたの? 学校だと全然しゃべらないじゃない」
「そ、そんなことはないと思うが」
「そんなことあるよー。
三十郎って、小学生の頃はグイグイきてたのに、中学にあがったとたん急に変わったよね。
ボクが何度話しかけても、何を聞いてもぜんぜん話にノッてくれなくってさ……。
まるで『俺に触れてくれるな』ってカンジだったよ」
「……そうかな。まぁ、お前にもいろいろあったように、俺にもいろいろあったんだ」
取り繕ってはいたが、過去の話になって急激に気持ちが冷えていくのがわかった。
「やっぱり……あのことを気にしてるの?」
その一言はオブラートに包まれていたが、俺は自分でもわかるくらい顔が引きつるのを感じていた。
それはリンもわかったのか、慌てて話題を変えようとする。
「そ、それよりもさ、プロポーズは置いといて、なんで急にボクと友達になりたいだなんて思ったの?」
ラブレターを無視されたコイツにとっては、当然の疑問を投げかけてきた。
いつもだったら、こんな踏み込んだ話題を振られると適当に誤魔化すんだが……今の俺は、思っていたことをそのまま口にしていた。
父親から言われて、ハーレム王を目指しているということ。
そのためにアシスト役の男友達を必要としていて、白羽の矢をリンに立てたということ。
吐露しつつも、我ながらバカバカしいな、と思っていた。
リンも最初は不審の色を隠さなかったが、聞き終えたあと「ふふっ」と笑んだ。
「誰ともしゃべんない、孤独を愛する少年かと思ってたら……急にハーレム王になりたいだなんて、極端すぎない?」
「そ、そうか?」
「ま、でも……なんか三十郎らしいね、なんとなくだけど」
「そ、そうか?」
「なんだかよくわかんないけど……三十郎がなりたいっていうんだったら、いいよ、手伝ってあげる。
ハーレム王になれるように、ボクがアシストしてあげるよ」
「そ、そうか」
俺はホッとした。
こうやって家族以外の人間に頼みごとをするのは実に何年ぶりかだったからだ。
でも……アシスト役を買って出てくれたはずのエセ美少女は、不服そうに口を尖らせていた。
「もう、なんだよぉ、さっきから『そうか』としか言ってないし」
「そ、そう……そうだな」
「ふふっ、またぁ。まぁいっか、ただし、ひとつ条件があるよ」
「条件? ……なんだ?」
「話を聞いたカンジ、ボクは友達枠っぽいけど……そうじゃなくて、ハーレム枠に入れてよ。三十郎のハーレム入りした第一号ってことで」
「えっ」
「なにが、『えっ』なの。何か不満でもあるの? 求婚までした女の子が頼んでるんだから、いいじゃないの」
スネるようなリン。
俺は少し考えてから答える。
「……よし、わかった。いいだろう。お前は……今日から俺のハーレムの女だ……!」
「おっ!? やっとボクをナンパしたときの三十郎っぽくなった……。へへ、じゃあ、改めてよろしくね、三十郎!」
俺のモノとなった女は、また片目だけ閉じてみせた。




