030 レベルアップ
俺はそれから、失意のもとに帰宅した。
西日の差し込む部屋に戻ると、テュリスが賑やかに出迎えてくれた。
先日の誕生日で余っていたクラッカーを鳴らし、
「レベルアップおめでとー!
ほら、見てみ、デレノートがうっすら青く輝いとるやろ!?
これはレベルアップの証や!
旦那、ワイが寝てる間に男友達を作ったんやね!
男の知りあいを作ったことで1レベルアップ、さらに男友達を作ったことでもう1レベルアップ!
なんと2レベルもアップするやなんて!
ミジンコレベルを飛び越え一気にオタマジャクシレベルやでぇ!?」
……あんな思いをしてもなお両生類レベルなんて、嬉しくねぇ。
お祭り騒ぎのようにまとわりついてくる妖精を手で払いのけ、俺はベッドに倒れ込む。
そのまま壁際を向き、全てのものに背を向けるようにしてフテ寝する。
「……あれ、どないしてん? メッチャ落ち込んどるやん。伝説の樹の下でヒロインが首吊りでもしてたん?」
「……それならまだよかったんだけどな」
声をかけられても無視するつもりだったが、つい相手をしてしまった。
これも、妖精の力ってやつなんだろうか。
けっきょく俺は、家を出てからの出来事をすべて白状させられてしまった。
最後に花屋の前で絶叫したあと、リンが号泣しはじめて……リンの父親から「君、今日のところは帰りなさい」と追い払われたんだ。
そこからのことはよく覚えていない。
なんかフラフラしてたら、いつの間にか俺ん家の前にいた。
「ふんふん、やっぱりリンは旦那のことが好きやったんやね。で、旦那のためにコスプレまでしとったと」
背後から、したり顔が想像できるようなテュリスの声がする。
「なんだよ、やっぱりって……まるでずっと前からわかってたみたいじゃねぇか。俺は今でも頭の中がグチャグチャだってのに」
「まぁ、部屋を視たときから大体予想できとったからね」
「なんだと?」
気になるテュリスの一言に、俺は寝返りをうって振り向く。
フワフワ漂う妖精は、いつものチュチュドレスではなくシャーロックホームズみたいな探偵の格好に着替えていた。
ゴルドニアファミリーの衣装だろう。
「リンの部屋を覗いたとき、映像が鮮明やったから旦那に好意を抱いとるのは明らかやったやろ?
それに、隠しておきたいハズの女装癖までハッキリ見えたということは、リン本人としては旦那にはバレても構わない……むしろバレてほしいという心の表れでもあったんや」
小物のパイプを咥えながら、事件の解明をする名探偵のようなテュリス。
俺は間抜けな警部のように、その推理を黙って聞いていた。
「……なるほどな、だからたいして脅しも効かなかったのか」
むしろ、ヤツの中で抑圧されていたものを解き放つキッカケになっちまった。
「リンのことはまぁ、予想ついとったんやけど……全然わからんかったのは旦那の行動のほうやで」
「なに?」
「男友達作りに行って、相手両親への挨拶までしてまうなんて……って、なんでやねん!? わらしべ長者にも程があるやろ!?」
「……しょうがねぇだろ、気がついたらつい、やっちまったんだ」
なんであんなことをしちまったのか、自分でもいまだにわからねぇ。
ほとんど衝動的に身体が動いていたんだ。
涙まで流すほどに、俺を想ってくれていたアイツ……その気持ちに少しでも応えたい、なんて思っちまったんだろうか。
それにしちゃ、後先考えてなさ過ぎる。
「旦那って、実はけっこう情熱的なんやな。
でも、その熱の力の使いどころがおかしいというか……ようは空気読めへんタイプなんやろうなぁ」
その質問に対しては、黙秘権を行使した。
一等星のごとく図星だったからだ。
たしかに俺はすぐマジになっちまうタイプだ。
でもいくら熱血でも、もうちょっと思慮のある行動ができたら、俺はぼっちなんかにはなってねぇだろう。
俺は……熱い気持ちだけはあるんだが、人の心を推し量ることができねぇ……。
ようは、空回りしちまうんだ。リンにしちまったみたいに。
考えてもへこむばかりだったので、俺は強引に話題を変えた。
「ああ、明日学校行きたくねぇなぁ」
「なんでや?」
「リンとは同じクラスなんだぞ、どういう顔して会えばいいんだよ」
「なら休んだったらええやん」
「……俺の担任は『ガラガラヘビ』って呼ばれてるルナナだぞ。
もしサボったりしたらたとえ便所に隠れてても息の根を止めに来るぞ」
ルナナはカテゴリ的には「あらあらうふふ」なノンビリお姉さんだが、こと教育となるとヤンキー先生も母校から逃げ出すほどの体当たりっぷりを見せる。
道を踏み外しそうになった生徒を連れ戻すためなら、チーマーのたまり場でも暴走族の支配する埠頭でも暴力団の事務所でも構わず乗り込んでいく。
その蛇のようなしつこさと、授業では指示棒のかわりに赤ちゃんをあやすガラガラを使うことから、ついたアダ名が『ガラガラヘビ』……!
「うーん、それやったらサボれへんなぁ……。
そや、リンがどう思ってるのか気になるんやったら、今からでも覗いてみたらええやん」
「……いや、いい。もうこれ以上、アイツのことで神経をすり減らしたくねぇ。
どうせ学校に行ったら嫌でも顔を合わせるんだ」
明日のことを想像するだけでも、げんなりしてくる。
「ようわからんけど、大変やったんやなあ……精魂尽き果ててもうとるやん。
友達ひとり作るだけやのにこの調子やと、彼女を作ったら一体どうなってまうんや……ホタルみたいにすぐ死んでまうん?」
「ああ、もう死にたい気分だ……晩メシまで、少し寝る」
俺は再び寝返りをうつ。
壁に顔を埋めるようにして、瞼を閉じた。




