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003

 バンビは俺たちのやりとりを見かねたのか、大きなボウルを小さな胸に抱き、泡立て器で中身をかき混ぜながらこちらにやってきた。


 なぜか、俺にだけ責めるような視線を向けている。


「もう、お姉ちゃんはまだ料理が残ってるんだから、余計な仕事増やさないでよ」


「俺に言うなよ……俺はオヤジに呼ばれて来ただけだ。どこにいるんだ?」


「お父さんだったらここにはいないよ。屋上で待ってるって」


 なに……? それじゃ完全に無駄足じゃねぇか。


 我が家は3階建てで、俺の部屋は3階にある。ルナナやバンビの部屋も同じ階だ。

 その上は屋上なので、1階上がるだけで良かったんじゃねぇか。


「なんだよルナナ……だったら最初からそう言えよ!」


 貴重な休みを無駄にさせられて、俺は声を荒げた。


 「ご、ごめんねサンちゃん」とうろたえるアホ女。


 しかしすぐに例の「いいこと思いついちゃった」をやり、背中を向けてサッとしゃがみこんだ。


「じゃあ私がおぶって屋上まで連れていってあげる」


 腰に当てた手を「乗りなさい」とばかりにピコピコ動かして俺を誘っている。


 俺は乗る気などさらさらなかったが、阻止するようにバンビが割って入ってきた。


「お姉ちゃんに当たらない、それに乗らない。こっちは忙しいんだから。アンタはどうせヒマなんだからそのくらい別にいいでしょ」


 「三十郎」から「アンタ」に格下げになった。


 ……コイツは俺への不満度に応じて呼び名を変えるんだ。


 そもそもルナナはずっと「お姉ちゃん」で変わらないのに、なんで俺は最高ランクでも「三十郎」って呼び捨てなんだ。

 俺だって「お兄ちゃん」って呼んでほしいのに……。


 なんだったら「兄貴」とか「お兄様」でもいい。

 「兄者」とか「おにいたま」でもいいぞ。


 ビックブラザーの威厳をかけ、この糞生意気な妹にビシッと注意してやることも考えたが……それをするとさらなるランクダウンは避けられないだろう。


 格下げになると「ゴミ虫」とかになるので、ここは大人しく退散したほうがよさそうだ。


 バンビは虫をホウキで掃き出すかのように、手でシッシッと追い払う仕草をしだした。

 俺は捨て台詞がわりにフンと鼻を鳴らし、降りてきたばかりの階段に戻る。


 階段は玄関の側にあるんだが、そこの靴箱の上に鎧兜をまとったウサギの人形が目に入った。


 『ゴルドニアファミリー』という動物をモチーフにしたドールに、五月人形のアレンジを加えたヤツのようだ。


 出兵を控えた戦国武将みたいな勇ましいウサギの前には、なんでか知らんが『サンちゃんお誕生日おめでとう!』というヒノキ造りのフダが置かれている。


 これを飾ったのは……間違いなくルナナだろう。

 アイツはゴルドニアファミリーのコレクターで、イベントがあると人形を使った飾り付けをしたがるんだ。


 社会人の女とは思えないほどの幼稚な趣味だが……でも、なかなか見事な出来じゃねぇか。


 俺はネトゲだけでなくドールも趣味だ。

 精巧なデキの五月人形に、思わず見とれそうになっちまった。


 が、背後から姉妹の視線を感じて振り払う。そのまま階段をあがった。


 しかし……何だってオヤジは屋上なんかに呼び出すんだよ……今さら男どうしの語らいでもねぇだろうに……。


 などと頭の中でブツクサ言いながら屋上の扉を開けた俺を待っていたのは……男どうしの語らいどころではかった。


 パン! パパン!! パパパパン!!! パパパパパパパパパパパパパパパパパン!!!!


 突然周囲からいくつもの閃光と爆音がして、俺はビックリして腕で顔を覆ってしまう。


 ぶたれるのを怖がる子供みたいになっちまって、不覚にもビビっちまってると……続けざまに歓声がどわっと沸き、無防備な俺を包み込んだ。


「せぇ~のっ、寿(ことぶき)三十郎(さんじゅうろう)、お誕生日、おめでとぉ~っ!!!!!」


 華やかな黄色い声援に、俺はハッと顔をあげる。

 そして目の当たりにした信じられない光景にハウッ!? と息を呑んだ。


 五月晴れの空に、洗濯物みたいにはためく鯉のぼり。

 なんでか知らんが真鯉の上に『サンちゃんお誕生日おめでとう!』と書かれた風見旗がある。

 間違いなく、ルナナが飾ったやつだ。


 なんでご近所さんに俺の誕生日をアピールしているのか意味不明だが……まぁ、これはいい。

 本当は良くはねぇんだけど、それ以上に突っ込まなきゃいけねぇヤツがあるんだ。


 鯉のぼりの奥には、我が目を疑いたくなるほど巨大な……クジラみたいな飛行船が横付けしてやがった。

 バルーンの胴体には『HAPPY BIRTHDAY 三十郎』とデカデカと書かれている。


 飛行船は巨大な観客席のようなものを吊り下げており、客席のど真ん中をぶち抜くようにして玉座があった。そこには王様のような男が鎮座している。


 よくあるファンタジーRPGに出てきそうなオッサンだが、なぜかバンダナを巻いており、指切りのグローブをしていた。

 そのふたつのアイテムだけはヒョウ柄で、格好からやけに浮いている。


 まわりには、多くの女たちがかしずくように取り巻いていた。


 しかも……飛行船は正面のひとつだけではなかった。

 右手、左手、背後……屋上を包囲するようにして三台の飛行船が停泊しており、そのどれもが女たちであふれていた。


 右を見ても女、左を見ても女……! 360度、見渡す限りの女・女・女……!


 百人……いや、五百人……!? いやいやいやいや、そんなもんじゃねぇ、ひとつの飛行船に千人はいる……!

 年齢、人種は多岐に渡る。しかしみんな目を見張るほど美しく、肌もあらわなドレスで着飾っている……!


 むせかえるほどの、フェロモンの花畑だった……!

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