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 リンはムダ毛の一切ないツルンとした足を投げ出してテーブルの上に乗ったかと思うと、手入れの行き届いたスベスベの腕を振りかざして俺の胸倉をガッと掴んできた。


 女とは思えないほどの……いや、実に男らしい、すごい力で。

 勢いあまってドリンクがガシャンと倒れる。


 その様はまるで、タチの悪い酔っぱらいのようだった。

 もう、どうしていいかわからない俺に、目が据わりきった顔が迫ってくる。


「ボクが『ファイナルメンテナンス』のコスプレをしてるのは、いつか三十郎が見てくれるかもしれないと思ったからなんだよ!?」


「ううっ……」


 締め上げるようにシャツの襟を掴まれている俺は、そう呻くだけで精一杯だった。


「『ううっ』 じゃないよ! 三十郎はよく、昼休みに『ファイナルメンテナンス』の本を読んでるでしょ!? だから好きなんだろうと思って!」


「くっ……苦し……」


「『くっ、苦し』じゃないってば!

 せめて、せめてボクを見てもらおうと思って……コスプレをしてたんだ!

 だから、キミにバレたとわかったとき、実は……実はすっごく嬉しかったんだよ!?」


「はっ……離して……」


 息も絶え絶えに懇願すると、吐息がかかるほど近かった顔が引き潮のように離れていく。


 ようやく解放してくれるのかと思ったが、


「『はっ、離して』じゃ……ないで、しょぉーっ!」


 突っ込んでくるような勢いで戻ってきた。


 ガアンと勢いよく額をぶつけられ、「ぐわっ!?」と目から火花が弾ける。


 揺れた茶髪から、ふわっとリンスの香り。

 それは完全に、女から漂ってくるタイプの芳香だった。


 物理的、心理的な衝撃がジェットコースターのように襲い来る。


 めくるめく緊張に振り回され、そのうえ酸欠。

 俺は平衡感覚を失ったようにクラクラしていた。


 コイツは女じゃないはずなのに……女の刑吏に拷問されている捕虜のような気分だった。


「ここまで言わせといて、肝心なことは何も答えないつもり!?

 ボクを笑いモノにする前に、三十郎の口からハッキリ聞かせてよ!?」


 全身全霊で訴えかけてくる瞳が、水を張ったように潤みはじめる。


「『お前なんか気持ち悪い』って言って!

 そしたら、あきらめられるから!

 もう二度と、女の子の格好なんてしない!

 これからずっと……男として生きて行くからぁ!」


 波紋のように揺らいだ両の眼から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれた。

 メイクに染まった白い涙がぽたり、ぽたりと細いアゴを伝って落ちる。


 それは男の涙のはずなのに……間違いないく女の涙だった。


 女の涙の破壊力はハンパない。

 それは人類が生まれたときからの不文律。


 俺はハンマーで頭をぶっ叩かれかたような、トドメの一撃をくらった。


「う……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーっ!!!」


 獣のような雄叫びをあげ、起立する。


 リンは驚いていた。まわりの客も驚いていた。

 厨房から飛び出してくるほどに店員たちも驚いていた。


 俺の声は外にまで轟いたのか、通行人も足を止めて驚いていた。

 花屋のリンの両親も何事かと驚いていた。


 俺は、女の手をガッと掴みなおす。

 そして、ナンパでこの喫茶店に引きずってきた時みたいに、引っ張りながらテーブルから引きずり降ろす。


「えっ、ちょ、三十郎っ!?」


 何か言っていたが、聞く耳を持たず、そのまま店を出る。


 よろめくメス犬を引きずっていくと、通行人たちが道を開けた。


 喫茶店の前の道を横断し、花屋の前で足を止める。

 店先にいた中年の男女は、唖然とした様子で俺たちふたりを見つめていた。


 俺は、めいっぱい息を吸い込み、酸素を限界まで肺に送り込む。

 そして商店街じゅうに響く、腹の底からの、魂の底からのシャウトを放つ。


「お嬢さんを……俺に……くださいいいいいいいいいいいいいっ!!!!!」

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