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「まだわかんないの!? このバカっ!」
リンは完全にキレてしまったようで、メイクが崩れるのもいとわない鬼の形相で睨みつけてきた。
「お、落ち着けよ、ショックだったのはわかったから、少し落ち着けって……!」
てっきり八つ当たりされているのかと思っていたが、
「ボクが思いを打ち明けようとしていた相手は……三十郎、キミなんだよっ!」
「えっ」
意外な真実が、俺の頬を豆鉄砲のようにピシリと打つ。
頭の中が霧で覆われたみたいに……真っ白になっちまった。
が、光の矢のようにギラリとしたリンの瞳で射抜かれ、すぐに霧散する。
……ラブレターを貰うなんて劇的な出来事、忘れるわけがねぇ。
小学校6年の頃、手紙を書く授業をキッカケにして熱病のようにラブレターによる告白が流行ったんだ。
俺も、貰ったことは何度かある。
だが、信じたのは最初の一度だけだった。二度目以降は全部無視した。
「い……いやぁ……昔、ラブレターを使ったイタズラに引っかかって……。
それからは、そういう類のものは全部、読まずに捨てるようにしてたんだ。黒ヤギさんばりに」
俺は気まずい思いを誤魔化すように、頭を掻きながら答える。
妖精にも指摘されたが、俺は惚れっぽい体質だ。
ちょっと優しくされただけで俺に気があるんじゃないかと勘違いしちまう。
そんなヤツが、初めてラブレターを貰ったらどうなると思う?
そんなヤツが、呼び出された場所にノコノコ行って、嘲笑の的になったらどうなると思う?
世間のヤツらは、マジなヤツを笑う。
すぐマジになっちまう俺は、そんなヤツらの格好のオモチャだった。
俺は、幾度となくからかわれた。
相手が男だったらブン殴ってやるところだったが、相手は性悪女どもだった。
下手に手を出したら、こっちがヤバくなっちまう。
俺はひたすら無視を決め込むことで、自分の身を守ることにしたんだ。
「あっ、そう! そうなんだ! ふーん!
だからボクのラブレターも読まずに捨てたってことだね!?
じゃあ、今、返事を聞かせて!」
何を言っても燃料にしかならねぇのか、リンはどんどんヒートアップしている。
ゲーセンの対戦ゲームで負けたマナーの悪い客みてぇに、ダンダンダンとテーブルを叩きだした。
コイツって、こんなDQNみたいだったっけ……?
と思ったが、きっと、ずっと溜め込んでいたものが溢れちまったんだろう。
まるで決壊したダムみたいに、感情の抑えがきかなくなっているようだ。
周囲からの視線を感じて店内を見回してみると、客がみんな俺たちに注目していた。
痴話ゲンカかと、ヒソヒソ話をしている。
リンは立ったままだから、余計目立つんだ。
こういう時、どうすりゃいいんだ……? どう対処するのが正解なんだ……?
こんな修羅場、生まれて初めてだからわかんねぇよ……!?
しかし、このまま放っとくとテーブルを破壊しかねない勢いだったので、俺はなだめにかかるしかなかった。
「お、おい、リン、うるせえって、叩くな、お前はチンパン勢か。少し静かにしろ、まわりも見てるぞ……いいから、とにかく座れ」
叩いていた手を受け止め、握りしめてやる。
それでようやく、テーブルへの暴行は止んだ。
しかし、座ってはくれなかった。
握りしめた手は……女みたいに小さくて、小刻みに震えていた。
なんかいじらしい感じがして、ちょっと可愛いな、なんて思っちまった。
でも、そんな感情を抱いたのも束の間だった。
震えが、じょじょに大きくなっていくのがわかる。
まるで禁断症状のように。
オーバーヒート寸前のエンジンみたいにブルブルしだした男女は、
「答えて! ねぇ、答えてっ! 答えてよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
ニトロを投入されたかのようなエキゾーストノートとともに、さらなる暴走をはじめた。




