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025

 45分ものロスタイムを経て、女装男子のお出かけ準備はようやく完了した。


「いってきまーす」


 と、扉に向かうのかと思ったが、プランターのある出窓のほうに歩いていく。


 この期に及んでまだ何か選ぶつもりか……!? と身構えていたら、カラカラと窓を開ける。


 外は、花であふれる裏庭だった。

 この庭といい、プランターといい、華一という名字といい……花好き一家なのか?


 なんて思っていると、リンは鉄棒でも握るかのようにカーテンレールを掴んだ。


「……よっ!」


 ピョンと飛び上がり、太ももを折り曲げる。

 身体をスイングさせつつ、振り子のような勢いで足を窓の外に投げ出す。


 スカートの端でプランターの花たちを揺らしながら、するりと部屋から飛び出していった。


 見事な鉄棒技を披露したリンは、ぶれることなく庭石に着地を決めると……フィニッシュをアピールする体操選手みたいに両手を広げていた。


 そうか、アイツが女装しているのは家族にも秘密だろうから、玄関じゃなくて窓から出ていくのか。

 部屋が1階なんだったら、家族の目を忍んで外出するのもそれほど難しいことではなさそうだな。


 リンが庭からも出ていくと、部屋はすっかり静まりかえってしまった。

 ひとり、他人の部屋に佇んでいると……ふとグッドアイデアを閃く。


 リンには連休が終わったあと、学校で呼び出して話をするつもりだったんだが……女装しているときに話したほうが、同じネタでも効果があるんじゃねぇか?


 普段のときのアイツを問い詰めたところで、とぼけられるかもしれねぇ。

 だったら言い逃れできない状況を押さえてやるほうが、より決定的だろう。


 よし、決めた。アイツの行き先はわかってる。「さくら公園」だ。

 そこに乗り込んでって……アイツにひと泡吹かせてやろう。


 そうと決まればさっそく出発だ。

 栄えあるハーレム王の一歩を踏み出すために。


 俺は誕生日プレゼントでもらった服一式を身に着け、出かける準備をした。

 40秒で支度を終え、部屋のドアノブに手をかける。


 去り際に妖精のほうをチラリ見ると、至福の寝顔でグースカと高イビキをかいてやがった。

 うらやましくなるほどの見事な惰眠……俺も一緒に昼寝をしたくなっちまったが、振り払って部屋を出た。



 我が家の地下にある駐車場から、アニメに影響されて買った折りたたみ自転車に跨る。


 漕ぎ出し、薄暗くヒンヤリしたコンクリートの室から、あたたかい光に満ちた通りへと飛び出していく。


 半袖のシャツ一枚でも寒くもなく、汗ばむほどでもないちょうどいい気温。

 男なんかに会いに行かず、このままどこまでも走っていきたい気分だ。


 俺の家は、丘に面した閑静な住宅街の中腹にある。

 麓に降りるようにしてゆるやかな坂を下りると、大通りに出る。


 そこから通り沿いに見えるのが、最寄り駅である『蔵市ヶ丘駅(くらしがおかえき)』だ。

 連休中で人通りの多い駅前を避け、裏の高架下を伝うようにして隣町の駅まで向かう。


 ひとつ隣の駅『桜葉町(さくらばちょう)』。

 件の公園に繋がる駅前商店街をゆっくりと走っていると、雑貨屋から見覚えのある女の子が出てきて、俺の前を横切っていった。


「ヒャッ!? り……リン……!?」


 心の準備が出来ていないうちにターゲットと遭遇してしまったので、俺は驚きのあまりシャックリみたいな声をあげてしまった。


 咄嗟にハンドルをきって横道に逃げ込む。


 なんで避けてるのかわからなったが、もし目が合っていたら落車していたかもしれない。

 クラスメイトのガチの女装姿を、リアルで目の当たりにした俺は……そのくらい動揺していた。


 ビジュアルは部屋を覗いたときと変わりねぇ、罪深き美少女っぷりだった。

 でもVRバンダナと違ってリアルは一方通行じゃねぇ、俺は認識されちまうんだ。


 その要素が加わるだけで、こんなに緊張するだなんて……!


 気持ちを落ち着かせるため、路地裏の陰に自転車を停める。

 ひとまずは歩いて尾行してみることにした。


 振り向かれても大丈夫なくらい距離をとり、リンの後をついていく。

 ヤツは内股で、やけにゆっくり歩き、道ゆくショーウインドウにいちいち足を止めては覗き込んでいた。


 公園に行くんじゃねぇのかよ、と思ったが、むしろ寄道がメインのようだった。


 本屋に入って雑誌を立ち読みしたり、CDショップで音楽を視聴したり、ペットショップで仔犬とたわむれたり……ひたすらウインドウショッピングを楽しんでいる。


 最中、よく男どもから声をかけられていた。まぁ、あのナリなら無理もないだろう。

 しかしリンは慣れた様子であしらっていた。


 その様子を離れたところから眺めていた俺は、ぼんやりとした違和感をおぼえていた。

 そしてひたすら追跡していくうちに、ある結論にたどり着く。


 ……公園に行く道すがら、店を冷やかしたいだけなんだったら……別にあの格好をする必要はねぇ。

 男の姿でもいいはずだ。


 わざわざ女装までするってことは、やっぱり男に声をかけられたがってるんだろう。

 そうやって間抜けな男どもをからかって楽しんでいるのか、それとも……イイ男探しでもしてるのか?


 ……そうだ。このままアイツがナンパされる姿を観察しててもしょうがねぇよな。

 いっちょ俺がアタックして、アイツを驚かせてやるもの面白いかもしれねぇ。


 普段の俺であれば、女に声をかけることなんて挨拶でもしねぇ。

 理由は簡単、無視されたら嫌だからだ。


 が、中身が男であれば話は別だ。

 声をかけるのにも緊張しねぇし、無視されたところで何のショックも感じねぇ。


 ハーレム王を目指す以上、自分から女に声をかけなくちゃいけない日がいつかはやって来るはずだ。

 ならば、アイツで前もって練習しておくといいんじゃねぇか?


 そうだよな……よし、そうしよう。

 俺がゲームで培ったナンパテク、見せてやるぜ。

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