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 壁一面を占めている木製のアコーディオンドアを、ガラガラッと引くリン。

 そこにはブティックかと見紛うような量の服が、ぎっしりと吊り下げられていた。


 ……俺は、ストレージの整理をしているバンビの服の数々を見た時に「お前は店でも開く気か」と呆れたことがある。


 するとバンビは「今時はこのくらい普通だよ、三十郎が服を持たなすぎるんだよ。人形の服はいっぱい持ってるくせに」と逆に呆れ返されたことがある。


 そんなこたぁねだろ、と思っていたのだが……リンも、バンビと同じくらい服を持っている。


 バンビは100パーセントが女物の服だったが、リンの場合は90パーセントくらいが女物の服。

 男物の服はわずかだったが、それでも俺の持っている服の10倍くらいある。


 リンはハンガーにかかった服を次々と取り出し、どれがいいかと選びはじめた。


 どうやら女の格好で出かけるつもりのようだ。

 可愛らしい上着とスカートを身体に当てて、大きな姿見で確認している。


 正直なところ、服を選ぶという行為が、俺はよく理解できずにいる。

 服なんざ畳んでる上から順番に着ればいいだけの話で、それをわざわざ引っ張りだして選ぶなんて、何が楽しいのか全然わからねぇ。


 でもクローゼットを出たり入ったりしているリンは実に楽しそうで、鼻歌まで飛び出す始末だった。

 すぐ終わるだろうと待っていたのだが、それから30分たっても延々と悩み続けている。


 うんざりした俺はバンダナを引き上げ、部屋から一時退散。

 ヒマ潰しがてらスマホで「さくら公園」の場所を調べてみた。


 俺ん家の最寄り駅からひと駅離れたところか……自転車で20分もあれば行けそうだな。


 余談になるが、俺は自転車で二時間以内の場所なら自転車を使うようにしている。

 天気の悪い場合はその限りじゃないし、別にサイクリングが趣味ってわけじゃねぇんだけど……なんとなくそうしている。


 なーんてことを考えていると、俺の部屋にいるのにリンの声が聞こえることに気づいた。


 どうやら、バンダナが耳にかかっていえれば音だけは聞こえるらしい。

 こりゃいいな。着替えが終わったかどうかはリンの声でわかるから、このままヒマ潰しを続けてよう。


 俺はドールを並べてあるガラスケースから、ショートカットが可愛いドールを選んで取り出し、机に座って服を脱がせ始めた。

 グローブをしてるからちょっとやりづらいが、コレもすぐに慣れるだろう。


 それによく考えたら、コレも着替えみたいなもんだな……。

 でも、ドールの着替えだったら何時間付き合ってても飽きねぇだろうなぁ。


 下着姿になったドールに、誕生日プレゼントにもらった2着のドール服のうち、薄ピンクのワンピースのほうを着せる。


 清楚なカンジなんだけど、肩と脚が出ててちょっと色っぽいデザイン。

 背伸びしてる感じがたまらない、実に俺好みの服だ。


 現実にこんな女の子がいたら、結婚してあげてもいいかな。


「よし、これにしよっ!」


 弾むような声が、不意に耳をつく。


 バンダナを戻すと、肩が露出した薄桃色のワンピースに身を包んだリンが、くるりんくるりんと姿見の前で回っていた。


 ……男のクセにスカートで、そのうえミニかよ……。


 しかし悔しいことに、コイツはもともと女みたいな顔と身体をしているので、正直なところあまりというか……ぜんぜん違和感がねぇ。

 このままノーメイクで外に出たとしても、春先の変態みたいな扱いを受けることもないだろう。


 ボーイッシュな女の子だなとスルーされるレベル……いや、可愛い女の子だなと目を奪われるレベル。

 仮にアニメキャラだったとしたら『ショートヘアが似合うキャラ』部門でベスト3の常連になれることだろう。


 ……ええい、もう白状しちまおう。


 服装からいって、俺の好みのど真ん中……!

 ストライクもストライク……どストライク……!

 隣のレーンのピンも倒すくらいの、超ストライクですよ……!


 それは、俺のドール趣味にも如実に反映されている。

 先程着せ替えたドールが、リンみたいなショートカットっ娘なんだよ……!


 理想と現実を見比べたくて、俺はバンダナを片目だけ上げてみた。


 右目側には、机の上でポーズを取っているドールがある。

 左目側には、部屋でポーズを取っているリンがいる。


 そして気づく。

 ふたりの服装はなぜかソックリの、春色ミニスカワンピだということに……!


 なんという偶然……奇跡といってもよかったが、俺の心はざわつかない。


 昨晩ダンスを披露された時のような興奮は、もはや湧き上がってはこない。

 むしろ森の中に佇む湖のような、穏やかな水面のような気持ちでいた。


 男であるという事実が、奉行所の石抱きの拷問のごとく重くのしかかっているからだ。

 俺はもう、コイツに特別な感情を抱くことはないだろう。そう、絶対に。


 ……などと、自分に言い聞かせているうちに、リンの着替えが終わった。


 いよいよ出かけるのかと思いきや、散髪屋で髪を切るときにかけるケープのようなものを身につけだした。


 クローゼットから、ピクニックにでも行くつもりなのかという大きなバスケットを持ち出し、机の上に置いて広げる。

 バスケットの中身は、メイク道具だった。


 そこからのリンは、名前もわからない液体を何種類も顔に塗りつけたり、高野豆腐みたいなのをあてがったりしはじめた。

 ハサミみたいなので睫毛をどうにかしたり、鉛筆みたいなのでなんか書いたりしている。


 俺は女の……いや、コイツは女じゃねぇけど……女の未知の領域を覗いているような気分になった。


 ……女って……もちろんコイツは女じゃねぇんだけど……出かけるのにこんなにも時間をかけるもんなのか……!?


 服を選ぶ時間だけでもうんざりだってのに、顔にまで何かやりだした。

 塗ったり貼ったり、ハケやハサミを使ったり、毛や爪を増やしたり……。


 これはもはや、プラモデルを作ってるようなもんじゃねぇか。


 女というのは……しつこいようだけど、コイツは女じゃねぇけど……ただ外に出るだけだというのにプラモデルを組みあげるのか……!


 そこからさらに30分かけて、リンはようやくメイクを終えた。


 見ているこっちが疲れるような作業を終えたあと、ようやくお出かけか……と思っていたら、そこからバッグを選びだしやがった。

 とうとうガマンできなくなって、届かねぇのも承知で文句のひとつもつけたくなったが、ギリギリで堪える。


 15分もかけて、リンはバッグを選び終えた。


 俺はだいぶ焦れていた。どうせたいしたモノを入れるわけじゃなし、カバンなんてどれでもいいじゃねぇか。


 俺なんか、カバンなんて大きさで選ぶだけだぞ。小・中・大の三種類。

 5秒も迷わねぇ。一瞬だ。それなのにコイツはウジウジウジウジと……!


 でも、これでようやく出かけるようだな……待った甲斐があったってもんだ。

 と、思ったら、


「へへー、お楽しみの、靴選びターイム」


 と、クローゼットからキャスター付きのシューズボックスを引っ張りだしてきやがった。


「もう裸足でいけやああああああああああああっ!?」


 俺はテュリスのような変な関西弁で、心のままに叫んでしまっていた。

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