020
動けなくなった俺に最後の仕上げをするように、天使は小悪魔へと変わる。
ダンスはさらに魅惑的に、そして刺激的になり……俺の心臓は、もはや彼女の手のひらの上だった。
小悪魔はハートを飛ばすウインクとともに、挑発的に、しかし可愛らしく、お尻をふりふりしている。
真珠のような汗がほとばしり、彼女の臀部の動きによって生まれたホットな風が、甘香となって漂ってくる。
視覚、聴覚、嗅覚……三感を支配された俺のガマンは、ついに限界突破を迎える。
そんなにぷりぷりぷりぷり振りやがって……!
もうガマンできねぇ! そのケツに手ぇ突っ込んで、尻子玉を抜いてやるっ……!
いや……むしろ抜かれる……! 抜かれちまうよ……!
ああっ……! もう抜いても、抜かれても、かまわねぇ……!
心の底からそう思った。
心の底からそう願った。
俺は、ズボンを降ろそうと手をかける。
はやる気持ちが抑えられず、ベルトを引きちぎらんばかりの勢いだったが、
「アカン!」
落雷のような警告が、俺の耳をピシャリと撃った。
「ソレやったら愛の神の力、剥奪やでぇ!」
外しかけたベルトを、ぐっ……! と握りしめる。
「……くっ!」
俺は呻き……だらんと手を降ろす。
禁断の果実を口にしようとした直前に止められたかのような、やるせない気持ちで。
少し前の俺であれば、払いのけてでも食らいついてただろう。
だが、今はハーレム王になるという目的がある。
そのためには愛の神の……チーターの力に頼らざるをえないので、悔しいが従うほかない。
「それに、こんなラブリーフェアリーがおる前で発電しようとすんなや! 電力自由化にも程があるやろ!?」
言われてみればそうだ。
人前ならぬ妖精前でとんでもないことをするところだった。
「あーっと、それはだな……」
俺は、ちょっと気まずくなって……後頭部をボリボリ掻いていた。
「なんかもう、お前は空気っていうか、風みたいな存在なんだよ。いても全然気にならないっていうか」
照れ隠しに、ちょっと飾った言葉で今の気持ちを表現してみたのだが……妖精は気に入らなかったようだ。
「死んだヤツみたいに言うなや! 大きな空を吹き渡ったろか!」
ポンポン飛び出すテュリスの軽口。
でもそのおかげで、俺はすっかり落ち着きを取り戻していた。
「でも、ちょっと恥ずかしいコトでもお前の前だと構わずやっちまいそうになるのは……妖精の能力でもあるんじゃないのか?」
不思議とそんな気がした。
コイツになら見られても別にいいか、みたいな感じ。
ルナナやバンビに対しても同じだ。
発電してるところを見られたことはないが、たとえ見られても家族。
ちょっとのあいだ居心地が悪くなるかもしれないけど……アイツらなら言いふらすこともないだろうし、最悪いっか、みたいな変な安心感。
「ワイの能力……?」
テュリスは少し考えるようにした後、首を斜め気味に振った。
「うぃ……まぁそう言われると、そやけど」
「なんにせよ、俺がハーレム王になるまではそういったことはガマンするさ。
それでいいんだろ?
今はこの……誰だろうな、たぶんリンの妹の踊りを目に焼き付けるだけにしとくよ」
「ソレ、たぶん妹ちゃうと思うよ」
「えっ」
ふと、ノックの音がして、俺とテュリスは揃って部屋の扉のほうに注意を移す。
それまで無言で身体を揺すっていたサーバーダウンちゃんは、比喩ではなく本当に飛び上がって驚いていた。
「……ママだけど、いる?」
扉の向こうからの声に、少女は浮気がバレた間男のようにわたわたと取り乱しはじめる。
「う……うん! ちょ、ちょっと待って!」
時間稼ぎとして絞り出した声に、俺は違和感をおぼえた。
無理して声変りしました、みたいなこの声……まさか……。
少女はダッシュで窓際に向かうと、プランターの隙間に置いてあったビデオカメラを取り出し、ベッドのかけ布団の中に突っ込んでいた。
そして手早く衣装を脱ぎ、同じく布団の中に押し込む。
かわりにガウンのようなものを引っ張り出してきて、パンツ一枚の上から羽織っていた。
不自然なまでに平らな胸に、俺の違和感はさらに色濃くなる。
イリュージョンのような早着替えを終えた少女。
何枚ものウエットティッシュを両手でわし掴みにしたかと思うと、神経質な猫のように必死に顔を拭っていた。
メイクの下から現れた素顔に……俺の違和感は、決定的なものとなる。
そして視界が薄暗くなるほどに、血の気が引いていくのがわかった。
「どうしたの、いったいなにをやっているの、リンちゃん?」
「ママ、そんなにあわてないで、いま開けるから……ちょっとテスト勉強してただけだよ」
「あなた、いつもガウン着て勉強するのね」
「コレのほうがリラックスできていいんだ。ところで何か用?」
「あ、そうだ。ママちょっと配達に行かなくちゃいけなくなったの。かわりに店番お願いできる?」
「うん、オッケー! 着替えてすぐ行くよ!」
おそらく母親と、そして間違いなく息子であろうふたりのやりとりの声が、水の中にいるように遠くで響いていた。
目の前には、カゲロウのように飛び回る、妖精……。
「旦那? おーい、旦那? ああ……ショックのあまり、レイプ目みたいになっとる……」




