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019

 このストレージじゃ障害物が多いので、『視る』のには適さない。


 俺は自室に戻ってから、部屋のど真ん中に立つ。

 ここなら、少々移動しても平気だ。


 さっそくクラスメイトの顔を想像しつつ、額のVRバンダナで目を覆った。

 パッ、と変わった世界は、ルナナを視たときほどではなかったが、なかなか鮮明だった。


 PS4……いや、それ以上、PS5か6くらいはあるだろうか。

 もちろんそんなものがあればの話だが。


 たしか妖精は、鮮明さは相手が俺のことをどう思っているかで決まる、と言っていた。

 画質から判断するに、リンは俺のことを案外良く思ってくれているのかもしれない。


 ざっと部屋を見渡す限り、非常にシンプルなインテリアだった。


 勉強机とベッド、そしてテレビとちょっとした棚があるくらいだ。

 物はあまり多くない。


 あとはやたらと大きな姿見と壁一面のクローゼット、窓際のプランターくらいか……。


「高校生男子のくせに全然ゲソ臭さがないなぁ……旦那の部屋とは大違いやで。花まで育てとるとは……まるで寂しがり屋のOLみたいやで」


 全方位にケンカを売るスタイルの妖精。


「誰もいねぇな、シーンとしてやがる……」


「こんだけ視えとるなら、音も聞こえるはずやで? バンダナをもうちょい下げて、もっと耳に触れるようにしてみ?」


 俺は両手でバンダナを掴み、もう少しだけ降ろしてみた。

 すると、接触不良だったヘッドフォンの調子が戻ったように、音が耳に飛び込んできた。


 キシッキシッという床鳴りの音と、ハッハッという短く荒い吐息。

 そしてサテン生地が擦れ合うような、しゅるしゅるとした音が背後から届く。


 音のするほうに振り返ってみた俺は……「おおっ!?」となった。


 そこには、ショートカットでメイクを決めた女の子がいた。

 額に玉の汗を浮かべつつ、派手なデザインの制服姿で踊っているところだった。


「なんや、コスプレか?」


「これは……『ファイナルメンテナンス』のキャラ、サーバーダウンちゃんだな」


 俺はすぐにわかった。

 『ファイナルメンテナンス』のキャラは、実在の制服をサイバーチックにアレンジした衣装が特徴なんだ。


 サーバーダウンちゃんは学校の制服がモチーフになっている。

 黒をベースにした超ミニのセーラー服に、蛍光色のラインが走っている。


 カッコ良さとキュートさを兼ね備えたグッドデザインで、キャラもさることながら服装の人気も高く、コスプレイヤーも多いんだ。


 眼前のサーバーダウンちゃんがスカートを翻してくるりと回転すると、彼女を覆っていた黒い布は一気になくなり、肌色だけになった。


 うなじから背中、そして腰から下、控えめに覗く殿裂まで、匂いたつような健康肌が晒される。


 さらには『SERVER DOWN!』のバックプリント入りの黄色いパンツ、そして生脚までもが露わになった。


「なんやなんや、後ろ向いたら背中どころかパンツまで丸出しやん。びんぼっちゃまみたいやな」


「そういう衣装なんだよ、背後が弱点っていう設定だからな」


「服着ろや!」


 無粋な突っ込みは無視し、俺は目の前の人物に目を凝らす。


「うーん、コスプレしていることを差し引いても……コイツめちゃくちゃカワイイな……」


 振り向いた途端、脳内に飛び込むようにして現れたリアルサーバーダウンちゃん。


 遠目からでもわかる美貌、そして見事な肢体から繰り出されるダンスに俺はすっかり目を奪われてしまう。

 そして心までもを侵食されつつあった。


 今まで見たサーバーダウンちゃんのコスプレの中でも圧倒的な再現度……!

 もはや生き写しといってもいいレベル……!


 ダンスのビートが激しくなるにつれ、いつの間にか俺の鼓動も高鳴っていることに気づく。

 まるで、あわせてリズムを刻んでるかのように。


 でも、部屋に音楽は一切鳴っていない。


 彼女の耳にはインカムが付いていたので、それでダンスBGMを聴いてるようだ。

 したがって俺の耳に届くのは、彼女の一挙手一投足から発せられる音だけ。


 しかし、俺は間違いなく……彼女と同じビートを感じていた……!

 鼓動を打つ、どん、どん、どん、という重低音にあわせ、レベルインジケーターのように……頭に血がのぼりつめてくる……!


「どうしたん旦那? 急に黙り込んで……」


「て……天使だ……天使が舞い降りた……!」


 興奮してボーッとなっているところを尋ねられたせいなのか、それとも今なお漂う妖精の体粉のせいなのか……。

 俺は頭で感じたことを、理性を通さずそのまま口に出していた。


「ハァ? 何言うてんの? ひとりでハァハァしよってからに……」


 テュリスに指摘され、熱にうなされたような熱い吐息を漏らしていることに気づく。


 落ち着こうと唾を飲み込もうとしたが、すでに口の中はカラカラ。

 ごくり、と乾いた喉を動かすだけで終わる。


 フローリングを舞う天使は、ダンスで頬を上気させ、初めての告白をするかのように桜色に染めていた。


 熱っぽい上目遣いで俺を見つめたかと思うと、星が飛び出すようなウインクを飛ばしてくる。


 片目を閉じただけだというのに、完膚なきまでにやられてしまった。

 心臓をわし掴みにされ、キューンと締めつけられる。


 イタズラ好きの天使に矢を撃ち込まれ、木の幹に固定された村の子供のように、俺は動けなかった。


 そこにショタ好きのサキュバスが通りかかったみたいな状況……もう、なすがままだった。

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