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107 開部の儀 4階

 俺たちは、何時間かぶりに再び最上階にいた。


 今度は正規の手順をふんで、ちゃんと階段からあがってきたのでスタッフから咎められることもなかった。

 美術館の警備員のように壁際に立っているだけで、何も言ってこない。


 部屋の中には鉄格子の牢屋があり、その中にはレースで覆われた天蓋つきのベッドがある。

 ベッドの上には、静かに横たわるルナナ。


 アイデンティティである豊乳は、高級な果物みたいに繊細なレースに包まれている。

 しかし生地が薄いのか、形がハッキリとわかってしまう。

 まるで透けているかのように、伏せたどんぶりのようなシルエットを浮かび上がらせていた。


 かなり教育上好ましくないビジュアルだが、隠すこともせず安らかな様子で上下している。

 ただ単に気付いてないだけかもしれないが。


 天井近くには横断幕がかかっていて、


『悪い魔女に、眠ったままになる呪いをかけられた囚われのお姫様です、彼女を自由にしてください。

 牢を閉じる錠前は、間違った鍵を使うと二度と開かなくなります。』


 としたためられている。


 ここですることは、先にネタバレを見ていたおかげで大体わかっている。

 これまでの戦いで手に入れた鍵で、まずは牢屋を開ける必要があるんだ。


 ただし、錠前はふたつしかない。

 鍵はみっつあるから、ひとつはダミーってことだ。


 横断幕の文章を信じるなら、そのダミーの鍵を使ってしまったら、牢屋は開かなくなって……この階の試練に失敗したということになるんだろう。


 これまでの苦労を水の泡にしたいためにも、ここは絶対に失敗するわけにはいかない。

 さて……どうするか……どうすれば、本物の鍵が見破れる?


 俺は目の前の錠前と、手元の鍵とを交互にニラメッコしてみたが、全然わからなかった。

 しょうがないので、仲間に助けを求める。


 少し離れた所には、リンとシキ、リッコとフミミ、エリカとレオンが自然とペアになって待っていたので、


「なぁ……どの鍵がホンモノか、見破るいい手はないか?」


 お前らも考えろとばかりに話を振ってみた。


「ハァ? 知らねーよ。適当に差し込んでみろよ」


「あ、ボクも、そういうの苦手だからパス」


「それは、寿三十郎くんが考えるべきことです」


「破壊してしまえば、そもそも考える必要もなくなるではないか」


「え、えーっと、か、考え中です!」


 というリアクションだった。

 役に立たねぇ……誰がどの台詞を吐いたかを当てるクイズくらいにしかなりゃしねぇ。


「……ちょっと、見せてみろ」


 しかしレオンだけは、なにか興味があるように俺の隣にやってきた。


「古い錠前だな……うちの(くら)にあるのと同じヤツみたいだ」


 目を細めて鍵穴を覗き込んだり、鍵を手にとり陽の光に透かしたりしている。


 うちは私立学校だから、金持ちのご子息も多い。

 でかい倉があるようなお屋敷に住んでるやつも珍しくない。

 もしかしたら、レオンの家もそうなのかもしれねぇな。


「……おい、エリカ!」


 レオンが呼びかけると、ガムを噛んでいたエリカは片眉で応じた。


「ガムくれよ、いま噛んでるやつな」


 変態みたいなお願いを、コイツは涼しい顔をして言ってのけやがった。


 エリカは特に嫌がる様子もなく、身体をのけぞらせて勢いをつけ、ペッ! と噛みかけのガムを飛ばしてきた。

 放物線を描きながら、いいコントロールで飛んできたエリカの唾液まみれのピンクの塊を、口で受け止めるレオン。


 こ……これは……!?

 リア充の男女のみに許される、ガムキッス……!


 通学路とか教室の中とかで、やっているヤツをちらほら見かけるガムのキャッチボール。

 キスはちょっとハードルが高いけど、このガムキッスはキスしてもいいかなと思っている相手の気持ちを確かめるのにいいらしい。


 でも、飛び交うガムの間にいる人間は悲惨で、よく失速したガムを髪にくっつけられたりする。

 ソイツはもちろんスクールカースト最底辺の人間で、髪にガムを付着させられるという屈辱を与えられたあと、さらにその姿を皆で笑いモノにされるんだ。


 やられた当人は言い返すこともできず、一緒になってヘラヘラ笑う。

 笑わないとKYなんて言われちまうんだ。


 そのいじめにも似た行為はさておき……間接キッスってのは憧れる。

 飲みかけのジュースを「一口ちょうだい!」って女子から言ってもらえるのは、男冥利に尽きる。


 いいな……いいな! なんかいいな! 俺も……やってみたい!


「エリカ! 俺にもくれよ、いま噛んでるやつな」


「うるせえ死ね、ド変態」


 ……ただしイケメンに限るってのはマジだったんだな。

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