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「……悪かったな、エリカ」
俺の言葉に、「えっ?」と面をあげるエリカ。
その顔には……ラメラメの鱗粉がいっぱい付いていた。
電波ソングをウリとするサイケなアーティストみたいになっていたが、似合っているような気がしないでもないギャルに向かって続ける。
「お前の気持ちに気づいてやれなくて、悪かった……。
俺にニセのラブレターを送り続けていたお前は、きっと楽しい気持ちじゃなかったんだ。
後ろめたい気持ちでいっぱいだったんだろう?」
これは俺が推理して出した、俺なりの結論だ。
エリカたちに袋叩きにされたあとの日曜日、俺は夢を見た。
部屋にいるエリカが、くしゃくしゃの紙を前に、ため息をついている夢を。
あれは……夢なんかじゃなかったんだ。
寝ている間にずり落ちてきたVRバンダナで見た、エリカの本当の姿だったんだ。
ヤツが持っていた紙が、何かはわからなかったが……今ならわかる。
あれは……俺に最初に送ったラブレターだったんだ……!
「俺がすべきだったのは、からかってくるお前を無視したり、責めることじゃなくて……。
お前の本当の気持ちを見抜いて、受けて入れてやることだったんだな……」
エリカは俺が抱いているギャルのイメージとは程遠い、澄んだ瞳の上目遣いで……俺を見つめていた。
「俺はそんなことも気づかず、お前を苦しめていた……だが、ようやくわかったよ」
俺はすべてを受け入れるように、両手を広げる。
「待たせたな……こいよ、エリカ。お前の思い、俺が受け止めてやる。
お前が守り通してきた純潔も含めて、お前の全てを愛してやるよ……!」
見上げる瞳に、わずかに潤みがさしたように見えた。
「ううっ……三十郎……さんじゅうろぉぉ……」
エリカは震え声で、俺の胸に飛び込んで……というか、懐に潜り込むようにして急接近してくる。
……グワッシャアアアッ!
直後、俺のアゴを、真昇竜拳のようなアッパーが捉え、振り抜いていった。
見開きのページで必殺技を食らったように、派手に吹っ飛ぶ俺。
天高く拳を突き上げるギャルとともに宙を舞ったあと、再び床に叩きつけられる。
こっ……コイツ……女のクセに、いいパンチしてやがるじゃねぇか……!
「なっ……なにすんだよ!」
起き上がって、女みたいにしねをつきながら抗議する。
エリカはさっきまでのしおらしさが何だったのかと思うほどに、居丈高に構えていた。
「勘違いしてんじゃねぇよ! ウチが三十郎を好きだったのは大昔のコトだよ!」
「じゃあ、ずっと俺をからかってたのは何だったんだよ!?」
「それは……成り行き上っていうか……。
まわりが期待するから、それに応えないわけにもいかないかな、なんて……。
でも……それも……それすらも、この前の週末デ……待ち合わせのすっぽかしでチャラなんだからね!」
髪を振り乱すような勢いで、フン! と顔をそらすエリカ。
殴られた後だってのに、俺はつい苦笑いを漏らしてしまった。
「チャラって……俺、ボッコボコにされたんだけどな」
「そ、それは、この鍵でチャラだよ!」
ノールックで床に叩きつけられた鍵が、カランカランと俺の足元に転がってくる。
やっぱり、捨ててなかったんじゃねぇか……。
窓に投げたのはニセモノの鍵だったんだな。
俺はまた立ち上がる。
なんかこの建物に入って、数え切れねぇくらい倒されまくって……でも、その都度起き上がってきた。
これからも、そんなことを繰り返すんだろうな……なんて思いながら、なおもあさっての方角を向いているエリカに手を差し出す。
「わかった、じゃあこれでチャラだ。
そして今までのことも、お互い何もかも水に流そう。……いいよな?」
仲直りといえば握手のはずなんだが、エリカは腕を組んだまま、手を出そうとしない。
ふてくされたようにそっぽを向いたまま、
「……いいよ」
とだけ言った。
現実逃避をするように窓を眺める、エアリーカールの乙女……。
その亜麻色の髪の間からのぞく耳は、真っ赤っ赤になっていた。




