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「ああ、なーんか、まーだ足りねーなぁ……」
物足りなさそうな声が、頭上から降ってくる。
「そうだ、このカッコのままで、これからウチの言うことを繰り返して大声で叫んでよ。
それが面白かったら鍵をあげる。つまんなかったら窓から鍵を捨てちゃうよぉ?
……いいね?」
確かめるような声に、俺は「わかった」とだけ返す。
すぅーっと、息を吸い込むような音がした後、
「『エリカ様、このどうしようもない糞童貞を、踏んでくださってありがとうございます。
糞童貞のボクは、これだけで幸せいっぱいです』」
俺は即座に復唱する。
「……エリカ様っ! このどうしようもない糞童貞を、踏んでくださってありがとうございますっ!
糞童貞のボクは、これだけで幸せいっぱいですっ!」
声のデカさに驚いたのか、後頭部を押さえていた靴底がビクッ! と離れた。
「に……『二度とエリカ様には逆らいません、エリカ様の奴隷になります!』」
「二度とエリカ様には逆らいませんっ! エリカ様の奴隷になります!」
素直な俺の態度に余裕を取り戻したのか、エリカはクスクスと笑った。
「ウチはこんなキモいの、いらないけどね。ま、飼ってあげてもいーよ」
つられるようにレオンも笑いだした。
「んじゃ、続きね。
『ハーレム同好会なんてキモいことを考えてしまって、本当に申し訳ありませんでした』」
俺は、息を吸い込む。
床が綺麗に掃除されているおかげで、ホコリとかが入ってこなくて助かった。
「ハーレム同好会なんてキモいことを考えてしまって、本当に申し訳ありませんでしたぁぁぁっ!」
魂の叫びが静かな室内に反響する。
背後からは悲痛な声、頭上からは笑いを堪えるような吐息。
「ぷっ……くくっ……くくくくっ……。
み……『みんなに迷惑をかけたお詫びとして、一生、女の子にバカにされて生きていきます』」
「みんなに迷惑をかけたお詫びとして、一生、女の子にバカにされて生きていきまぁぁぁすっ!」
ついに弾けるような爆笑がおこる。
どっとした笑いが、建物の外からも沸き起こった。
「キャハハハハハハハハ! サイッコー!
『身の程知らずなことを考えて、ボクはとっても後悔しています。
もう二度と、ハーレム同好会を作ろうだなんて思いませぇ~ん!』」
そうか……コレが、コイツの狙いだったのか……。
全校生徒が見ている中で、情けない姿を晒させて……嘲笑ったうえで、ハーレム同好会の開設を潰す……。
いい手じゃねぇか……わざわざ俺のために、考えてくれたんだよな……。
でも、こればっかりは、付き合ってやるわけにはいかねぇなぁ……!
場を支配する、面白半分の声を跳ねのけるように……俺は、身体をがばっと起こす。
……怒りも、屈辱もねぇ。
蔑みも、恨みも、後悔もなかった。
俺の顔が、どんなになっていたかはわからねぇ……。
わからねぇが、エリカとレオンは顔を凍りつかせたまま、気圧されるように後ずさっていた。
「……ぼっちの俺がハーレムだなんて、たしかに身の程知らずだったさ……」
自分でも驚くほどに、その声は……静かに、しかし力強く響く。
「だけど、後悔はしてねぇ。謝れって言われれば、いくらだって謝ってやる。
踏みつけでも、リンチでも、なんだって受けてやる。
奴隷になれって言われたら、なってやるさ……! 一生バカにされて生きてやる!」
感情がマグマのように、ふつふつと湧き上がってくるのを感じる。
こんな気持ち、何年ぶりだろうか……!
そう、まるで……思い込んだら、闘牛みてぇに突っ込んでいくガキの頃の俺だ……!
「だがな……ハーレム同好会は……ハーレムを作るのだけは、何があってもやめねぇ……!!」
俺は両手を天井に、いや、天に掲げて絶叫していた。
「絶対に、絶対にやめねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
女の涙に誓ったことは、たとえ神が敵に回っても、貫き通す……!
それが、俺……寿三十郎だっ……!!
俺の全身を石膏のように覆い、身体の自由を奪っていた何かが、バァーン! と音をたてて砕け散ったような気がした。




