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010

 脅されていた情報屋のようだった妖精は、命からがらといった様子でガラスケースの隣にあるテレビボードの上にへたり込んだ。


「ふぅ……まったく、殺虫剤を向けられるたびに五円もらってたら、いまごろ大金持ちやで……」


「そんなに日頃から向けられてんのかよ……それよりも、さっきの能力とやらを教えろ」


「まぁ、そう慌てんと……あっ、ここにはテレビもあるんやったな。なら説明するより実際にやったほうが早いやろ」


 ふと顔をあげ、自らの真上にある液晶テレビの存在に気づいたテュリス。

 飛びあがって縁に腰かけた。


 このテレビはアニメ鑑賞とゲーム専用で、普通のテレビ番組などはほとんど観ない。

 あとはたまに映画とかのブルーレイを観るくらいか。


 52インチでそれなりに大きいヤツなのだが、かなり薄型なので座るには適してない。

 ……と思ったのだが、妖精は器用にバランスを取っている。


「おとと……っと、じゃあ、さっそくやってみよか、部屋を覗きたい女の子の顔写真とか持ってへん?」


 脚をパタパタさせる余裕まであるようだ。俺は聞き返す。


「それは、身近じゃないヤツでもいいのか? たとえば芸能人とかでも……」


「うぃ、かまへんよ」


 じゃあ誰でもいいってことか。

 といっても顔写真がある女となると……と考えていると、テレビボードの収納に立ててあった雑誌が目についた。


 参考がてらに取り出してみる。

 『アニメさん』という定期購読しているアニメ誌だ。


 さすがにアニメキャラの部屋を覗くのは無理だろうが、コイツは声優の紹介にも力を入れてるんだ。


 俺は中をパラパラめくって声優特集ページを開く。


 この号の特集は声優の自宅紹介だった。

 部屋を覗けるというのであれば、おあつらえ向きじゃないか。


 しばらく品定めをしたあと「コイツの部屋が見たい」と誌面を妖精に向ける。


 俺が選んだのはアイドル声優、秋冬(ときとう)春夏(ハルカ)


 『ファイナルメンテナンス』の登場キャラ、サーバーダウンちゃん役をやっている。

 元はネトゲなんだが、アニメ化が大ヒットしたおかげで一躍有名になった。


 今や、飛ぶ鳥を焼き鳥にする勢いのある売れっ子声優だ。

 しかも現役女子高生ときている。


 腰まで伸びた、艷ややかストレートロングの黒髪。

 肌は血色良くツヤツヤしてて、頬にさくらんぼを乗せてるみたいにほんのり赤い。


 お目々パッチリ、瞳に小宇宙を内包しているのかと思うほどキラキラしてる。

 目に比べて鼻と口は大人しめなのだが、それがまたクドくなくていい。


 快活さと清純さを兼ね備えた容姿。

 性格は雑誌のインタビューなどでしかわからないのだが、外見にたがわぬ清らかさ。

 そして頑張り屋さん。


 事務所の方針なのかラジオやライブなどの仕事をしないため、当人がどういう人間なのかは文字情報でしかわからないんだけどな。


 だがそれがかえって神秘性を増し、声優界に舞い降りた女神と呼ばれるようになった。

 その尊さは言葉だけの表現にとどまらず、写真を神棚にあげて朝晩の拝礼を欠かさないファンも多いという。


「おっ、ええやんええやん、しっかり膜から声が出てそうな子やね」


 妖精にも、その良さがわかるようだ。


「この、まんの者のことを頭の中で思い描くんや。それで、テレビのリモコンのチャンネルボタンを、ワイがいう順番で押すんやで」


「……なに?」


 急に胡散臭さが増した。


「そんな、十年ぶりに会った友達から儲け話を持ちかけられたような顔せんと……ええから、騙されたと思ってやってみって」


 テレビから飛び降りたテュリスは急降下し、ボードの上に放ってあったリモコンをさらうと俺の所まで持ってくる。


 受け取ってやると、俺の肩にチョコンと腰掛けた。


「しょうがねぇなぁ……で、どの順番で押すんだよ?」


 テュリスはこの質問を待っていたかのようにスックと立ち上がると、


「イエエエエエエエエーーーーーーーーイッ!」


 いきなり人の耳の側で絶叫しやがった。


「空前絶後の! 超絶怒涛のモテモテ妖精!

 モテモテを愛し! モテモテに愛された妖精!

 壁ドン、顎クイ、お姫様だっこ……全てのモテモテの生みの親!

 そう、我こそは!

 身長リンゴ一個ぶん! 体重、イチゴ二個ぶん!

 リモコンの暗証番号、5・9・6・3!」


 俺は騒音にたまりかね、発生源をわし掴みにする。

 オーバースローの投球モーションで、めいっぱい振りかぶった。


 ありったけの力を込め、部屋の隅めがけてブン投げる。


「もう一度言いまぁぁぁぎゃあああああああっ!?」


 絶叫マシンに乗っているかのような悲鳴を轟かせながら、ビューンと飛んでいく妖精。


 ……ミシッ! 軋んだ音とともに、壁に小さな人型の穴があいた。


 俺はキンキンする耳を抑えながら、壁に大の字で埋まっているテュリスを怒鳴りつける。


「うるっせえよ!」


「そ……そんな、妖精をセットポジションから投げんといて……それと……5963って押して……」


 埋まったまま、くぐもった声で懇願されちまった。


 俺はもうだいぶやる気をなくしていたが、まぁ、せっかくだから、という気持ちでリモコンを操作する。

 件のアイドル声優のことを思い浮かべながら。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者の別の小説からきましたが、ここまで振りきれてると面白いね!
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