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001 プロローグ

 空にかかるプリズムから、暖かく、幻想的な虹色の光が降り注ぐ。

 それは、真夏を感じさせる日差しであった。


 しかし、日本特有の湿気をはらんだ蒸し暑さはない。

 吹き渡る涼風は、髪の毛先をわずかに揺らすほどに穏やかで、西海岸を彷彿とさせる。


「……温水プールってのも、なかなか悪くないな」


 ザルの中のアズキを転がすような、規則正しい波の音を聞きながら……俺は木製のサマーベッドから身体を起こす。


 すかさず、ヤシの木陰にいた右隣の女が、胸の谷間を寄せてきた。

 両手で覆いきれないほどの乳房にはトロピカルドリンクのグラスが挟まれていて、俺はそこから伸びたストローを口に含む。


 ちょっと粘度があって、強く吸わないと飲めないミルクベースのドリンクを、まるで授乳されているみたいにチュッチュと口を鳴らして飲む。

 ……長いこと女の体温に包まれていたせいか、生ぬるかった。


 だが、それがいい。


 俺の左隣では、ハイビスカスの花畑に跪いた女が、孔雀の羽根みたいな団扇をゆったりと動かして俺に風を送っていた。

  上下させる腕の内側が、豊かな膨らみに当たり……たわん、たわわんと波打つように揺れている。


 俺の脚側には、人工の砂浜をバックにした二人の女。

 それぞれ右足と左足を担当し、俺のスネをオイルマッサージしている。


 もちろん手は使わずに、ビーチボールみたいな胸をオイルまみれにして、むにゅっ、むにゅっと柔肉を擦りつけている。

 水着がはだけそうになるのも構わず、一心不乱に。俺と目が合うと、ふたりとも嬉しそうに微笑んだ。


 そのマッサージ役の背後には、腕を組んで一列になって踊る、ダンス役の女たち。


 白かったり褐色だったり、色とりどりではあるが、携える双丘はどれもこれでもかと飛び出ている。

 それがグランドキャニオンのように壮大に並び、リズムに合わせてラインダンスのように揺れていた。


 彼女らが身につけている水着は生地がぜんぜん足りてなくて、頂点以外はぜんぶモロ出し。

 女の身体でもっとも柔らかい部位なのに、包み込むというより辛うじて布が張り付いているだけの大胆ビキニだ。


 そんな格好で踊っているだけでもヤバイいのに、さらに手によってこね回しているものだから、いつポロリしちゃってもおかしくはないだろう。


 しかし女たちは、アクシデントを顧みない。

 むしろ望んでいるかのように、ボヨヨンと寄せては上げ、ビロロンと広げては下げしつつ、俺の目を楽しませてくれている。


 ……それで、いつも気になっていたことを思い出した。


 布地の少ないエロビキニって、巨乳が着ると胸の谷間のところにある紐が浮いて、三角形の隙間ができるよな。

 あの隙間って、呼び名はあるんだろうか。


 例えば『絶対領域』とか『デルタ地帯』とか『天使の分け前』とか『伏せ丼』みたいな……。


 もしかして、ないのか? ないんだったら俺がつけてやる。

 えーっと……『俺の三角コーナー』とかどうだろう。


 ……うん、我ながら、いいネーミングだ。


 ……。


 …………。


 ………………いいか?



 ああ、くだらねぇことを気にしちまったおかげで、妄想が途切れちまったじゃねーか……。


 何度目かの現実に戻ってきた俺の視線は、自室の天井に貼ってあるグラビアアイドルたちが寄せては上げしている水着ポスターに固定されていた。


 件の三角コーナーを、視力回復効果もないのにただただ眺めているうちに妄想の世界に旅立ったのだが……中断させられちまった。


 さすがに飽きてきたので、天井から視線を外すように寝返りをうつ。


 俺がいま寝転んでいるベッドは部屋の壁際にあるんだが、その対面側の壁には机があって、上にパソコンが鎮座していた。

 液晶モニタには、代わりばえのしない画面が映っている。


 いつも遊んでいるオンラインゲーム『ファイナルメンテナンス』が大規模アップデート中なので、パソコンは昨日の夜からつけっぱなしだ。

 アップデートの進捗度を示すプログレスバーは昨晩から1ドット進んだかどうかも怪しいほどゆったりしている。


 そんなわけで、俺はせっかくの連休だというのに暇を持て余していた。

 妄想以外、他にすることもねぇ。


 学校を占拠したテロリストはすでに撃退済みで、フランスにある本部に乗り込んで組織を壊滅するまで話が進んじまった。


 学園祭のライブも大盛況で、偶然居合わせたプロデューサーにスカウトされた後、全米デビューの後グラミー賞を得るまでいっちまった。


 温水プールで水着美女たちをはべらせるハーレム妄想は、ストーリー性がないので長持ちしねぇ。


 しょうがねぇから少し昼寝でもすっか……。

 と思って瞼を閉じてみたのだが、控えめなノックの音に邪魔された。


「サンちゃん?」


 扉の向こうから、機嫌を伺うような女の声。


「お父さんがサンちゃんにお話があるんですって」


 ……オヤジが、俺に話……? なんで?


 最後にあの男と話したのはいつだっただろう。

 もう何年も前のような気がする。


 というか毎日会っているにもかかわらず、長いこと顔を見ることもしてなかったからオヤジがどんな面してたのかも忘れちまった。

 それもこれも、俺があんまりオヤジを好きじゃないのが原因なんだけどな。


 呼び出しも無視してもよかったんだが……いま扉の向こうにいる女は、こういう事になるとストーカーばりにしつこくなる。


 天の岩戸を開けさせようとするオモイカネのように、様々な工夫をこらして俺を部屋から引っ張り出そうとしてくるので、うっとおしいことをこの上ないんだ。


 まぁ……今は別にすることもねぇし……暇つぶしがてら、行ってみっか。

 俺は眠りから覚めたファラオのように、ベッドからむっくらと起き上がった。

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