だから、助けて
横田沢翼、仙田青葉第一中学校に入学したばかりの中学一年生。身長は、平均より低い。赤みがかった黒髪が特徴。家族は、父、母、兄(某国立大学に通う一年)。どこにでもいそうな普通の中学生ではあるが、この状況は普通ではないだろう。
週一回のペースで通うコンビニで、何故か、翼は万引きを疑われている。店長の話しによると、棚卸のたびに、売上と商品在庫が合わない。先月は、10万も差があった。店長は万引き犯を突き止めようと、防犯カメラで確認したりしていた。先週の土曜日、売上と商品在庫を確認したらDVDが数枚なくなっていた。店長が防犯カメラを確認したところ、DVD売り場で不審な動きをしている少年がいた。それが翼であり、万引き犯だと認識した。
確かに、その日、翼はコンビニに行ったが、DVD売り場前で財布を持ってきてないことに気づき、慌てて家に帰った。断じて盗んではいない。
店長は学校に連絡するという。翼本人としては、万引きをしてないのに、学校に連絡される筋合いはない。何とかしなくては…
しかし、この状況では、誰も盗んでいないことを信じてくれそうにない。内心、泣きそうである。ふと、周囲を見渡すと、偶然知った顔を見つけた。思わず、翼は、彼に助けを頼んだ。
それが、天王寺杜都だった。
翼は、社交的な性格で、誰とでもすぐに打ち解けられるのが長所だが、クラスメートである天王寺杜都とは、喋ったことがない。彼には、話しかけづらい雰囲気が漂っている。翼以外のクラスメートも喋ったことがないはずだ。知っていることは、東京からこの仙田市に引っ越してきたということのみ。
今、思えば、親しくもない杜都に助けを求めたのは、それだけ状況が悪かったのだろう。
翼は、自分に疑いがかけられていることを杜都に話した。
「え~、つまり、万引き犯と勘違いされていると…」
「そういうこと!だから、助けて」
「…何を…」
興味なさそうな顔で翼を見た。
「だから、俺の無実を証明して!」
「二人で何をこそこそ話しているのかな」
店長は明らかに、イライラしてる。
「君が盗んだのは、分かってるんだ」
「俺は盗んでないっつーの。証拠はあるのかよっ」
「防犯カメラを確認したら、DVD売り場で不審な動きをしていて、すぐに店から出ていったじゃないか」
「あれは、財布を忘れていったからで…」
「DVDも数枚なくなっていたんだ。盗んだとしかいえない。こっちだって、万引きされたことによって、売上が減って大変なんだ」
「だーかーらぁ、俺じゃないっつーの!」
このままじゃ埒が明かない。
「あのぉ、すみません」
杜都がおずおずと店長の前に出てきた。
「本当に横田沢君が盗んだんでしょうか?」
「そんなことか…本当だ」
「でも、話しを聞くには、盗んでいる映像はないのですよね」
「あぁ、残念ながら、映ってなかったよ」
「だったら、横田沢君が万引きしたということにはならないのでは」
「そうだ、そうだ」
「横田沢君は黙ってて」
杜都に怒られ、しゅんとする翼。
「この少年は、DVD売り場で不審な動きをしてたんだ。万引き以外に何があるんだ」
「財布がないことに気づいて、家に取りに戻っただけです」
「盗んだDVDを家に持っていったんじゃないのか」
「違うっつーの!」
「他に、DVDを盗むような怪しい人は防犯カメラに映ってはいなかったのですか」
杜都が話しを進める。
「確認したけど、いなかったよ。この少年以外」
「怪しくない人物なら映っていたのですか」
この質問に、翼は一瞬「んっ?」となる。
「おい、天王寺。怪しくない人は、映るだろうよ。むしろ、そういう人の方が多いだろ」
杜都は意味ありげな表情で頷く。
「そう、コンビニに来る人は、商品を買う目的の人が多い。万引きしようとする人は、割合からいって少ない」
「それが、どうした」
店長がイラついた顔で言った。
「怪しい動きをしてない人なら、防犯カメラで確認しても、気に留めませんよね」
「えっ、じゃあ、その、えっと…」
驚く翼に対し、杜都は、
「今から、防犯カメラを調べるのは、大変でしょう。でも、身近に万引きについて、話しを聞ける人はいますよ。例えば、他の店員とかね」
と、冷静に店長に言った。
「店長も、店員の万引きを疑ってないわけがないですよね」
「まぁ、そうだが…」
「店員に万引きのことを聞いて、何も証言が得られなかったら、横田沢君を問い詰めたり、学校に連絡したりしてください」
後日。店長が翼に謝罪をしてきた。店長からの話しによると、DVDを盗んだのは、アルバイト店員だった。以前、DVDを陳列した際、お金欲しさで1枚盗んだ。売るために、何回も盗みを繰り返した。罪悪感はなかったらしい。アルバイト店員は、当然店を辞めさせられた。
翼は、登校するなり、杜都にお礼を言った。
「天王寺、ありがとう。お前のおかげで、助かったよ」
「そりゃ、良かったね」
「何で、店員が万引きしたって分かったんだ?」
翼が杜都に聞いた。
「コンビニの万引きは身内の可能性が高いって聞いたことあるから、従業員がやったのかなって思っただけだよ。それにさ、あの店長は他の店員が盗んだことに気づいていたと思うよ」
「えっ?」
「僕に指摘されても、動揺してなかったし。たぶん、従業員のことを信用してたんだよ。横田沢君を問い詰めたのも、従業員が万引きしているのを認めたくなかったからかも」
「そうなの…」
「憶測だけどね。店長は謝罪と万引きした店員以外何か言ってた」
「ないかな。でも、最後の方に、他の万引きについて、対策を練らないとって、小声で言ってたな」
そのあとも何か言ってたけど、聞こえなかった。
「万引きがなくなるといいね…」
「それは、難しいと思うよ…でも、被害の額を減らすことは出来るかもね」
妙にしんみりする二人。
「なぁ、天王寺。今度から、下の名前で呼んでいい。いや、天王寺って言いにくいからさ。嫌なら呼ばないけど」
翼は、この時、杜都と仲良くなりたい、と思い、思わず言ってしまった。
杜都は少し考え込んでから、
「ご自由に」
と答えた。
「杜都」
翼はすぐに下の名前で呼んだ。
「これからも、よろしくな」
握手しようと、片手を出した。
「こちらこそ、よろしく。翼君」
杜都も、下の名前で呼んで握り返した。