八百万神(やおよろずのかみ)の年越し
今年もこの日この刻になった。
わたしは懐から鈴を取り出し、それを鳴らした。
しばらく寒空の下で待っていると、暗闇の奥から赤い明かりに照らされた一台の屋台が、ガタガタと音をたてながらわたしを目指してやってきた。
「神様ぁ、十二支決めのやり直し、何時行われるのですか?」
「それは、ない」
屋台の主である子熊ほどの大きさの猫と、十二支決めの後から何度も繰り返し、今や挨拶がわりとなってしまった言葉をかわす。
「――ですよね。ささ、すぐに用意いたしますので、こちらにおかけください」
猫は屋台の下から椅子を取り出し、わたしにすすめた。
この屋台は、人間らに命を吹き込まれた者や、多くの人間らに神、もしくは神の従者として認められた者らに、一時の休息の場を提供している。
そのため。この屋台には、様々な者が立ち寄り、あるいは召還される訳で……
「おい、忘れ物だ」
「あれ、またですか……」
猫は苦笑いしながら、赤い三角の帽子を受け取った。
「“あわてんぼう”と歌われるようになってから、サンタさん、忘れ物が多くなりましたね」
猫はそう言いながら、屋台の側面に吊るした。
「それはそうと、今年もあっという間に、この刻になってしまいましたね」
猫はわたしの前に、手早く熱燗と好みの肴を置いていく。
「うむ」
わたしはうなずき、酒で唇を湿らした。じんと冷える寒さから、ゆっくりではあるがほぐれていく快感に、心もほぐれていくのを感じた。
今年も八百万神の我らも眉をひそめる出来事が数多くあった。だが、どんなに祈られても我らは人間によって常に変化させられし者だ。ただ、耳を傾け、見守ることしかできない。
しばしの沈黙を破ったのは、こちらに向かってくるひずめの音と鈴の音だ。
「今年は忘れ物に気づくの早かったですね」
猫は手を止め、エプロンで手をぬぐうと、吊るしたばかりの帽子を手に取った。
しばらくすると、屋台の明かりの中に、赤鼻のトナカイの顔がぬっと現れた。
「赤鼻のルドルフ、君も大変だな」
わたしはルドルフの頭を撫でた。ルドルフは目を細め甘えた。と、首輪に袋がぶら下がっているのに気がつき、それを外すと猫に手渡した。
「サンタさん、人間に混じって子どもらへのプレゼントを販売している。と、おっしゃってて、売れ残ったケーキをたくさん持って来られたのですが、まだ、焼き菓子も購入されていたのは……」
猫は突っ伏し、ぼやいた。
「ルドルフに、太りすぎだと言われた。と、おっしゃっていたのに……」
その言葉に、わたしは思わずむせた。
猫は頭を抱え、ぶつぶつといい続けている。
おそらく猫は、たくさんのケーキを食べる羽目になったのであろう。
「これは、わたしがいただいていこう。しばらく、甘い物はいい。と、顔に書いてあるからな」
「……助かります」
猫は受け取った袋の中身を入れ替え、ルドルフの首輪につけ直し、首をぽんと叩いた。
ルドルフは頭を下げると、瞬く間に闇の中へと去っていった。
空から、ちらちらと白い物が降りだした。
わたしは追加の酒と肴を頼み、一年を振り返った。
「――そう言えば、今年は社にいつもは見かけぬ者が訪れる事が多かったな」
「スマホって言いましたっけ。それを使って遊ぶ者が、ここを訪れていたようですよ」
なんと、出雲の集会で話題になっていたことが、ここでも起きていたとは……
そう言えば、もうひとつ話題になっていた事柄があったな。猫に聞いてみよう。
「話題といえば、お主が境内で昼寝する姿を紹介されていたようだが……」
「あまりにも人が来ないから、招き猫になってみただけですよ」
「神主に首根っこを捕まれている姿も見たが」
猫が頭を抱えて、奇妙な声をあげた。
その様子を見ながら、わたしは思わず笑みを浮かべる。
人間のちょっとした行動は、時に笑顔を呼び起こすことをおこす。それを肴にして猫と語るこの刻。その刻を何度でも味わいたくて、こうして人間の世を見守り続けたいのだろう。
そう思うと、人間に創られたことに感謝の念を覚える。
やがて、あちらこちらから除夜の鐘が鳴り出した。
「――そろそろ行くとしよう」
「もうですか?」
笑いをひきつらしたまま、猫が問うた。
「年越し詣りをする者がおるしの。正月くらいは真面目に社に滞在しようぞ」
わたしは残りの酒を一気に開け、立ち上がった。
「鏡開きが終わったら、その時に呼ぶから、うまいぜんざいを用意しておくれ」
「はい、喜んで」
甘い物、好きですね。の、つぶやきが聞こえるが、聞こえなかったことにしよう。
猫の屋台を後に社に向かう途中で、六地蔵が錫杖を鳴らし列をなして歩く様に遭遇した。おそらく、彼らも猫の屋台で、一時のくつろぎの刻を得に行くのであろう。
「――さて、新しい年はどのような年になるのであろうな」
年にが暮れ、明けようとしている。