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TRIGGER

作者: 幸

 車いすをママに押してもらいながら、病院の中庭に出てきた。今日は暖かく、久しぶりに外に出ることができる絶好の機会だからだ。

 車いすに座っている理由は、先日遭ってしまった交通事故。全身至る所を骨折、打撲しながらも脊髄等の神経を傷つけずに済み、後遺症は残らない様である。

 外ではリハビリか何かのために体を動かすために子供たちが遊んでいた。他にも入院している人やその親族がたくさん中庭に来ていた。皆、楽しそうだ。

 しばらく中庭の様子を見ながら母と話をしていると、ボールで遊んでいた子供がいたのだろうか、目の前にボールが転がってきた。

 ボールを拾ってあげようと思い、上体を前のめりにする。しかし、手が届かずに何度も空を切った。

 すると、一人の女の子が目の前にやってきて、ボールを拾い上げた。

 そして、一緒に遊ぶ? と彼女は聞いてきた。

 久しぶりの同じ年くらいの女の子を目の前に嬉しくて思わず、うんと答えた。

 その子は笑顔で、迎え入れてくれた。


 その日からほぼ毎日、彼女と仲良く遊んでいた。趣味も合い、考えも合う。一緒にいてとても心地が良かった。

 怪我がある程度治り、リハビリするようになるとそれを手伝い、応援してくれた。

 彼女がほぼ毎日病院に来ている理由は病気の母親のお見舞いらしい。何度か会ったけれどもとても綺麗な人で、優しかった。

 

 そして、リハビリがある程度終了し、退院することが決まった日、その報告をするために彼女の母親の部屋に行った。

 いつもこの時間なら彼女はそこにいるからだ。

 しかし、そこの病室には誰もいなかった。彼女の母親の名前が書かれたプレートはあるのに。辺りをしばらく探し回ったけれども見つからなかった。

 彼女とはそれから会うことはなかった。


 八年後、彼女と再会した。

 彼女は以前とは違う人だったけれども。



  1.


 目を覚ました時、外が騒がしかった。その上、家の中に常設されている警報機がビービーと音を鳴らしているためうるさい。今日の目覚めは最悪だった。

 誰か止めてはくれないものだろうか。

 いつもなら警報機が鳴ったらママが起こしてくれるのに、今日に限ってはそれがない。

 嫌な予感がした。

 部屋を出て、一階のリビングに降りていく。すると、灰色の巨体が見えた。

 家にやつが入ってきていた。両親が襲われた様子はない。うまく逃げたのだろう。少し安堵した。

 急いでアレを取りに戻らなければならない。丸腰で突破できるほどの余裕はこちらにはない。自分はそのことをこの身を以て知っている。


 階段を上がっていくとき、高揚感を感じた。

一歩一歩駆け上がるたびに、それは高まっていく。


 あの時に感じた感情。

 やはり、間違ってはいなかった。


 ずっとしまい込んでいた感情。

 やっとだ。

 やっと、表に出すことができる。


 胸が高鳴る。


「引き出し」の奥。他人に見せていた偽物の壁の裏。

 そこに本当の自分がある。

 これで、引き金を引くことができる。

 やっと……


 ごめんなさい、華凜かりんちゃん……



  2.


 十八年前、突如地球上に人類にとってエイリアンと呼ぶべきとされる存在が現れた。

 人類は彼らをアリメリと名付けた。

 イルカのようなつるりとした頭部、胴部に、ゴリラのような太くて長い腕、短い脚。長い尻尾。いずれも青色の半透明で、頭部には核と考えられる赤い塊が存在している。

 アリメリ発見直後に調査隊により見つけられた彼らの死体が腐敗しておらず、酸化しているという点から、彼らが金属生命体であることが判明した。主成分は詳しく調べた結果、鉄であった。しかし、彼らの体は金属であるはずなのに柔らかく、銃のような小火器で簡単に貫き、破壊することができるのだ。おかげで、人類は数を圧倒的に減らされることなく、文明を停滞させずに生活することができている。

 アリメリの問題点として挙げられるのは、人を襲うことである。彼らは人を襲い、人の血液を吸い出していることが調査で分かっている。

 今日もどこかで人がアリメリに襲われていることだろう。

 アリメリの生体数はいまだ不明。

 発見時はアメリカでしか見つかっていなかったが、その三年後日本にも彼らは現れた。

 アリメリが日本に現れてからしばらくは、人が襲われた際、国の治安を守る警察や、国家、国民を守るための自衛隊が出動し、この二つの組織が連携してアリメリを銃によって撃破していた。

 しかし、アリメリが日本に現れてから三年後、急にアリメリの出現数が増えた。原因はいまだに不明だ。

 日に何千件も全国各地で人が襲われた。しだいに、警察や自衛隊だけではすべての国民をカバーすることが難しくなった。被害者は日に日に増えていった。

 そのため、国は国民自身が自ら自分を守ることができるような法整備を行うことを決定した。そして、数か月後には銃刀法の一部を改正、銃所持に関する関連法案が可決される。

 これにより、国民の自由銃所持が認められ、日本に銃社会が生まれた。

 しかし、銃社会ができたが故の問題が山積し、人々の意見は現在も割れている。



  3.


 まただ…………


 同じ部活の生徒が誰もいない更衣室の中で首藤真優華しゅとうまゆかは独りごちる。

 目の前にあるロッカーの扉裏にある鏡。彼女はそれに反らしていた視線を戻した。

 鏡の中にいる自分。

 上半身下着姿の自分。

 数週間前まではしっかりと合っていたはずのブラジャーがきついのだ。

 体重はまだ量っていないが、おそらく増加している。

 しかし、お腹のお肉が出てきたわけではない。

 体のラインが少し変わっていたのだ。

 主に、胸のほうが……

 もう、止まってもいいはずの時期なのに。

 真優華はため息を一つついた。

 しかし、ここで落ち込んでいる暇はない。下校時間が迫っている。

 ロッカー内に畳んで収納してあったブラウスに袖を通し、ネクタイを締め、サマーニットを着る。

 ブラウスは彼女の百六十センチ未満の身長からすると大きい胸のためにサイズが一つ大きい。そのため、袖が長くなっており、丁度肘上あたりまで丈があるという、他の人と比べると不格好な状態が出来上がる。

 もう少し、可愛げのある感じにはならないだろうかと思うが、その思いは届かず彼女のコンプレックスは自己主張をし続けている。

 真優華はまたため息を一つつき、空になったロッカーの扉を閉めた。

 一瞬見えた鏡の中の自分を睨んだ。

 鞄を置いてある教室に急がねば……


 教室に向かう途中、廊下の窓の外にはすでに闇に染まり始めた空があった。

 窓から入ってくる橙色の光がまぶしく、思わず目を細める。

 もうほとんどの生徒は家路についていて、校舎内には人の気配がほとんどしなかった。

 すれ違う先生には、早くなさい、と急かされる。

 それくらい理解できていると思いつつも、黙って従った。


 部活時に鞄を置いている、部活の顧問の教師が担当するクラスの教室前。この学校では部活の顧問の教室に荷物を置くことが義務付けられている。同じ一年生のクラスだけれども、他の人のクラスに入るのは少し勇気がいる。もしかしたら、誰かがいるかもしれない。

 真優華はゆっくりとドアを開けようと、ドアに手をかけた。

 そのとき、教室内からコンッと思い金属が机の上に置かれる音がした。そして、金属を組み合わせていく、ガチャガチャという音がし始める。ついでに、少し低いトーンだが少女の鼻歌も聞こえてきている。

 真優華はまさか、と思いつつ教室のドアを開けた。

 そして、目の前の光景に驚いた。

 夕日に染まった教室の中で、一人の生徒が銃をいじっているのだ。

 どうして……

 机の上には銃の部品らしきものが綺麗に並べられており、生徒の手により取られ、あるべき場所に戻されていっていた。

 しばらくすると、彼女の手の中にはほとんど元の形に戻っていた。

 生徒が銃を弄りつつ、真優華に気が付いたらしく、声をかけてくる。

「あら、忘れ物かしら?」

 凜とした張りのある声に問いかけられる。銃を持っているところを見られたはずなのに、心底リラックスしている様子だ。

一方で、真優華は口を開けたまま、動くことができなかった。

日庭ひのにわ華凜。我が校一の人気者と言って過言ではない人物。

才色兼備で人徳に富んでいる。

そんな彼女が銃持ちとは。

華凜は真優華の方に視線を向けながらも、銃を組み上げていく。複雑そうな機構なのに、なんて速さだろう。

真優華が圧倒されているうちに、ついに弾が入った箱のようなものが差し込まれ、ずれていた部分が元に戻った。そして、試しなのだろうか、少しの間構えてみせた。

「どうしたの?」

 華凜が不思議そうに真優華のことを見ているのに気づいた。

「それって……」

 華凜の手の中にある銃を指す。手が震えていた。

「ああ、ごめん、驚かせた?」

 華凜は立ち上がると、真優華の方へ歩いてきた。

「これね、H&K USPの対アリメリ弾専用モデルなのよ! どう? 格好いいでしょう。これ、昨日うちにも導入されたの。昨日、帰りに直接、支部に寄って古いのと交換してもらったのよ!」

「え……あ、……はぁ……」

華凜の目がキラキラと光っている。幼い子供の様である。あまりの勢いに、真優華は引いてしまい、一歩後退る。

「そ、そうなんだ……」

 適当な返事をする。

銃を見ていたのは興味があったからではないのだが、と心中で思う。

「そういえば、今何時だったかしら?」

「えっと、五時五十五分かな」

 腕時計を見て彼女に伝える。

「そうなの? いけない、早く見回りに行かないと」

 華凜は真優華の手を取り、腕についている時計をのぞき込む。急に手をつかまれたせいで、思わず体が跳ねた。

 華凜はすぐに手を話すと、握っていた銃を腰ベルトにつけているホルスターにしまい、鞄を取りにさっきまでいた席に走っていく。そして、近くに置いてあった大きなスポーツバッグを手に真優華の横を通り過ぎていった。そのとき一言、じゃあねと彼女は言った。

 嵐が通り過ぎたと思い、心底安堵した。

 どうして、……彼女が……

 緊張していた体を意識して楽にさせる。そして、自分の鞄が置いてある机に歩いていく。鞄を開き、何も盗られてないかを一応確認する。毎度のことながら何も盗られていなかった。

 真優華は鞄を取ると、教室から急いで出て行った。

 下校時間だ。



  4.


 家に着き、自室で部屋着に着替えた。

 さっきから華凜が持っていた銃のイメージが脳裏に焼き付いて離れない。少し頭がくらくらした。

 気晴らしにテレビでも見ようかと思い、晩御飯を用意しているママがいるリビングに向かうことにした。

 料理に夢中のママを他所に、真優華はテレビをつけてリモコンを使ってチャンネルを回していく。

 つまらないバラエティ番組ばかりだった。大物の芸人かは知らないけど、くだらないことをして笑いが取れると思っているのだろうか。

 ソファーにだらりと体を委ねて、再度チャンネルを回し始める。

 しばらく回していると、いつもはスルーするはずの半官半民のテレビ局のニュース番組にたどり着いた。

 今の時間だと、時事系のものが終了して、スポーツに入る前のアリメリ関連の報道だろうか。

 今日の出来事がまだ頭を離れてないからこんなものに興味が出たのだろうか。

 画面には今日被害にあった人の総数が出ている。

 そして、画面は切り替わり具体的な数値が表示される。

 被害総数、約二千人。

 死者は六人。今日は少し少ないだろうか。

 傷者は約一九五〇人。被害報告がされていないため、数に入っていない可能性がある。だから約がつくみたいだ。

 こうして、日々犠牲者が出ているのに、アリメリが現れる前の日常と変わらない日々を送っている。とても歪だった。

 死亡被害の現場の一つが学校からそう離れていない地域にあった。こういう時、人を襲ったアリメリが駆除されていない場合、周りの学校施設や、公共施設は休みになる。

 しかし、人を殺したアリメリはすでに駆除されているようである。そして、周りに別個体のアリメリの存在が確認されていないため、安全の確保ができたようである。これで明日も学校に行くことが決定した。

 ニュースの情報を聞き流しながら画面を眺めていると、ママが晩御飯ができたと呼んでくれた。

 席につき、彩り豊かな晩御飯を食べ始める。相変わらず品目が多いな、と思った。

 今日は主食のご飯を除き、おかずが六種もある。

 小さかった頃はこれが当たり前だと思っていたが、いざ手伝いをしたり、友達の家に泊まりに行ったりしたときに気づいた。これにはすごく手間がかかるということに。

 何回も大変だろうから品目を少なくして良いと言っているのだが、ママは聞く気がなさそうである。

 本人が楽しそうであるなら、それで良いのだが……

 晩御飯中、今日学校であったこと(華凜のことは除いて)をママと話していると、テレビの方から、アーヴィという単語が聞こえてきた。ママも真優華と同じように反応している。


アーヴィ。

 アリメリの駆除を目的とした、銃持ちによるNGOである。主な構成員はアリメリによる被害者や遺族、それを支援する人々である。彼らは世界的な組織で独自に訓練した組員たちをアリメリが観測されている、世界中の国々に派遣している。しかし、銃否定派の人間からすると、アリメリからの被害を抑え、安全を支える人だとは分かっているが、銃による危険性をまず考えてしまうため、あまりいい気はしない。一部には、過激な運動をしてアーヴィに対し露骨な犯行意識を示している人もいる。


 ママはすっと立ち上がると、ニュースから同時間に放送されている適当なバラエティ番組に切り替えた。テレビからすぐに仕込みと思われる笑い声が聞こえ始めた。ママの表情はいつもの様に険しくなっている。真優華の表情もそれに近いものになっている。

 ここ最近では、警察や自衛隊のアリメリ駆除の成果よりも、民間であるアーヴィの成果の方をメディアが大きく取り上げるようになっている。そのため、はじめは厚遇されていた銃否定派も世論が傾いたことにより、冷遇を受け始めている。

 その後の晩御飯は静かなものとなった。



  5.


 翌日、いつも通りに登校すると、教室の前に人だかりができていた。中心にて他の生徒たちに囲まれて声をかけられ続けているのは、昨日銃持ちであることが分かった、華凜だった。背丈が周りの生徒よりも頭一つ高いためすぐに分かった。

 人だかりができているせいで教室に入ることができない。予鈴まではまだ十分に余裕がある。これは回り込んで逆側から教室に入った方が良さそうである。

 面倒だとは思いつつも、真優華は人だかりに背を向けて歩き出そうとした。

 すると、いきなり制服の上から胸を揉まれた。急な出来事に真優華は慌てる。声を出すこともできずにたたらを踏んだ。しかし、少し時間が経つとこれがよくある感覚であることを思い出し、自分の胸を揉んでいる、そう大きくない手の主の名前を口にする。

(きょう)、またあなたね!」

 名前を呼んでも揉み続けようとしている手を振り払おうと、もがくが中々離れようとしてくれない。周りの生徒は人だかりに集中しているからこの流れは見てないものの、それでも恥ずかしい。

「やめなさいったら!」

「ぐへへぇ、お嬢さん、相変わらず良い体してるね……あれ、この前と違う……」

 京の手がパッと離れ、やっと自由になった。また襲われまいと鞄を使って胸を隠した。耳が熱い。

「ねえ、また大きくなった?」

「…………」

 突然の質問に真優華は驚く。

「あ、本当なんだ」

 日常的に一緒にいることが多いせいか、こちらが答えなくても京は真優華の回答をだいたい見分けることができるらしい。

 そして、彼女にとっては餌にしかならない答えを真優華は様子で示してしまっていた。

 あ、やばい。今日の目がキラキラし始めている。手をこちらに見せ、不規則に動かしている。

 真優華は速攻で足の向きを変えるように体に命令した。

 そして、彼女は普段なら走ろうとはしない、廊下を全速力で走って逃げた。

 もちろん、獲物を目の前にした京はすぐに彼女を追いかけてきたが……


 放課後、体操服に着替え、部活の基礎練習に向かう。真夏であるが、真優華はジャージの上までしっかりと着こんでいた。自分のコンプレックスに比べれば、暑いことなど二の次であった。ここ三、四年、半袖の薄手の体操服を来た姿を外でさらすことはしていない。

 制服を畳み、ロッカーのドアを閉める。

 更衣室を出て、外に向かうために下駄箱に向かう途中で目の前で話している生徒たちの会話が気になり、耳をそばだてた。何故なら、彼女たちの口から日庭華凜という名が出てきたからだ。

「昨日の華凜さんすごかったよね。ニュース見て驚いちゃった!」

「そうだよね、まさかテレビに映っちゃうなんて。しかもN○Kだよ、N○K!」

「現役女子高生にしてアーヴィの団員。しかも今年から活動を始めたのに、アリメリをもう三体も駆除してるんだよね」

「あれ、けどそれって、昨日アリメリを仕留めて更新されていなかったっけ?」

「え、そうなの? それじゃ、四体になるのね!」

「五体らしいよ」

「そうなの!? 昨日で二体も倒したことになるのね!」

 真優華は驚いた。華凜はアーヴィに所属していたのか。しかし、昨日の会話を思い返してみると見回りって言ってたような。

 だとしても、まさかアリメリを駆除していただなんて。予想外だった。アリメリは銃を使えば容易に倒せるが、相手は動くはず。そう簡単に当たるわけではないはずなのに。すでに五体も!

 彼女はかなり腕がたつ、銃持ちなんだろう。しかし、それは銃を持っていてしかも使ったということだ。危険なこと……

 自分の下靴を取るために、会話をしている生徒たちとは違う下駄箱に行く。残念ながら。

 自分の下駄箱のところに着いたとき、さっきまで生徒の話の一つになっていた華凜が丁度スポーツバッグを持ち、下足室から出て行くところだった。

 彼女の後姿には今日も銃がぶら下がっていた。



  6.


 その日、真優華は携帯端末のテレビ視聴機能を使って、アーヴィ関連のニュースを見漁った。

 アーヴィを支持するニュース番組が八割、支持していない番組が二割くらいだろうか。大抵のものはアーヴィの活動について称賛を送っていた。一方で支持しない番組ではアーヴィに対する露骨な批判的意見は確認することはできなかった。やはり自分たちはマイノリティの意見を持っているんだと実感させられた。

 気が付くとすでに一時を過ぎていた。いつもなら、もうベッドの中で眠っている時間だ。

 真優華は一つ大きな欠伸をする。

 しかし、一方で銃による犯罪が起きていない訳ではない。

 銃による犯罪が起きる頻度はアリメリによる害とは比べ物にならないほど低い。一週間に一度起きていれば多い方である。しかし、銃を用いた犯罪は銃社会以前の犯罪と違い、被害が大きい。死者が出る場合もしばしば。銃による負傷はのちの後遺症にもつながる。

 だが、銃を持つことにより犯罪者による被害を抑止、そして本来の目的であるアリメリによる被害の減少を可能にしている。

 銃を用いたための安全性と危険性。どちらを重視するか。

 真優華は自分が信じてきた銃否定派の考えを捨てようとは思わなかった。

 銃を肯定するほどの切っ掛けが特になかったのだ。銃を否定することは間違いだと思えなかった。

 しかし、真優華の頭の中には一人の人物が思い描かれていた。



  7.


 ニュースを見た後の回転をよくなった頭をうまく鎮めることができず、夜更かししてしまったため、翌朝はうまく起きることができなかった。久しぶりにママにたたき起こされた。

朝食は食パンを一枚食べるのみだ。これはお腹が空くかしら。

 学校の近くに着いたとき、遅刻しないギリギリだ。教室に入ると、担任がすでに教卓のところで朝礼の準備をしていた。


 放課後、今日は部活が休みだった。

 さっさと家に帰ってもよかったのだが、その気にはならなかった。


 日が暮れ始めたとき、一昨日と同じ教室に足を向けていた。

 教室のドアの前に立つと、おとといと同じ音が聞こえていた。聞こえている鼻歌も同じだ。

 彼女がいる。

 真優華は一つ深呼吸してからドアを開けた。

 そして、教室の中に入る。

 華凜はカチャカチャと銃を弄っている。

 彼女の手の中にある銃を見て、真優華は緊張した。

「どうしたの? 今日、部活は休みだったはずだよね」

 華凜が真優華に気づき、こちらを向いた。

「うん、そうなんだけど……」

「私に用かしら?」

「……そんなところ」

 真優華は華凜と向き合うことができる席を選んで座る。

 銃を持ったまま真優華の方見ている華凜の手にはまだ銃があった。早く仕舞ってくれないかと内心思う。

 しばらくしても話し出すことができずにいた。銃が目の前にあると意識してしまい、声を出すことができない。

 まだ信じられずにいた、彼女が銃持ちだなんて。

 華凜を見る。彼女は全く話を切り出そうとしない真優華を、小首をかしげつつ不思議そうに見ている。

 真優華は腹を括る。彼女は自分の想像していた銃持ちとは違うと自分に言い聞かせて、そして口火を切った。

「あなたはどうして銃を持っているの。理由を聞かせて欲しいの」

 真優華がいきなり話はじめ、さらに唐突な質問をしてきたため、華凜は驚いた様子を示した。

「えっと、どうしてって、まあ、それは人々をアリメリから守るためよ」

 しかし、すぐに彼女は当然のことのように答えた。

「あなたは、銃がどんなに危険なものかは――」

「当然、理解しているわ。私はこれでもアーヴィの一員で、訓練をきちんと積んで座学もしっかりしているからね。だから、人のどこを撃てば人をしに至らしめるかも知っているわ」

「それが、それが危険なものとして分かっているのに、どうしてそれを所持し、使っているの?」

「それ以上に私たち人類の生活において、命を守るために必要だと考えているからよ。周知のことだけど、十四年前に現れた生命体であるアリメリが日常的に私たちの命を狙っているわ。この国にも彼らが現れて、十一年が経っている。よってこの国でいえ、世界中で何も気にせずに手放しで安全と主張することができる場所は存在していない。それは分かってくれてるよね?」

 確認のような問いに対して真優華は首肯する。それくらい、知っているわと言いたい気持だったが今は押さえておく。自分は彼女にとっては頓珍漢な質問をしている愚者にしか映っていないと想像できたからだ。

「アリメリは私たち人類を糧に生きている、いうなれば天敵ね。自然の中で私たちが生きていたとしたら、弱肉強食のサイクルに身を任せるしかないけど、違うでしょ? 私たちは天寿を全うしたい、長生きしたい、理不尽な死に方は嫌だって思っている。そのために、私たちは文明の利器であり、アリメリに対して対抗して駆除をすることができる手段を使うの。その中でも遠くから安全に、一定の筋力がある人ならだれでも撃つことができる銃が使われるの」

「けれど、銃が必要だからといっても、……この国で、銃を持たなかった人たちが銃を持った瞬間からすぐに銃による犯罪が増えた。それで、多くの人が被害に受けることもあったわ」

「それは当然じゃないかしら。銃は引き金を引くだけで強力な攻撃手段を行使することができる。これはみんな知っているから、人を脅すのに有用で、逃げたりするときにも人を寄せ付けづらくなるの。犯罪をしようとする人にとっては絶好の利器ね」

「そんな、被害にあった人は仕方ない犠牲ってことなの?」

「それに関して、私は肯定しないわ。私はそのようなことに銃を利用する人には強い嫌悪感を抱いているくらいなの。私たちは人々を守ろうと決意して銃を手にしたのに、それとは真逆のことをしている人たちなんて、とても赦せた存在じゃないわ」

 華凜は険しい表情をしていた。

 銃が関係する事件の犯罪者を許すことはできないという観点は真優華とは一致していた。しかし、銃を持つことに対して重要視しているところが全く違っているのが改めてわかる。そこで、彼女は次のように華凜に問いを投げかけた。

「ねえ、あなたはどうして銃を持ち、そして人々を守るためにアーヴィに入ったの? 良かったらだけど、話してくれないかな」

「私の話でよければ、話すわ」

 華凜は即答した。

「ありがとう」

「いえ、良いのよ。まずどこから話そうかしら」

 華凜は少し考えてから、真優華に問いかけた。

「私が(ひの)(にわ)(じゅう)(ぞう)元衆議院議員の娘であるっていうことは知ってる?」

「ええ、知っているわ。立派な人だって聞いてる」

「もう二期も前の議員なのによく覚えているわね。ひょっとすると、あなたの家って銃否定派なの?」

「そうよ、父も母も。母は特に」

「じゃあ、その人、私の父がアリメリによる被害で七年前に亡くなったことも知っているのね」

「ええ、ニュースになったくらいだもの」

「そうだとしたら、私の父がアリメリによる被害で死んだのが偶然じゃない、っていう噂も聞いたことがあるんじゃないかしら?」

「え? それは初耳よ」

「そうなの? 意外ね。銃否定派の人たちが、あれは父の銃否定運動を疎ましくおもったアーヴィの連中がやった、っていうのが一時期騒がれていたんだけど」

「全く知らないわ」

「そう、まあその説は合ってるんだけどね」

「え、嘘……」

「事実よ、だって私当事者だもの。私の父はね、アーヴィの一部団員によって間接的にだけど、殺されたのよ」

 彼女の目が物憂げに閉じられる。そして、目を開けると驚いたままでいる真優華を置いてけぼりにして話し始めた。

「あの日は、銃否定派の集会が都内某所であったの。

私の家は父子家庭だったから、いつもは面倒を見ることができない父の代わりに、お手伝いさんが私の面倒を見ていてくれたの。けど、その日はお手伝いさんが風邪をひいてお休みになったの。だから、私はお家で一人お留守番。けど、過保護な父は九歳にもなっている娘を一人で家に居させる訳にはいかないって、私を集会に連れて行ったの。

集会には多くの人が来ていたわ。当時は銃刀法等の法案改正したことを反対する、銃否定派の声が大きかったせいかしら。そのため、メディアも銃否定派を支援するような発言をしていることが多かった。だから、日本での活動を始めたばかりのアーヴィは成果を上げたとしても、取り上げてくれる人が少なくて肩身の狭い思いをしていたわ。

過激な銃否定派がアーヴィの施設やその支援をする団体、会社を襲ったり、バリケードを張って活動を邪魔したりする時もあって、かなり組織内もピリピリと緊張が走っていたらしいの。私の知り合いが当時、憤りを隠せない団員をいさめるのに苦労したって言ってたわ」

「けど、その一部の団員の怒りは治まらなかったわけね」

「そうね。妨害活動による被害も相当あったみたいだから。そして、一部の団員が銃否定派の活動を率いている父の殺害を計画したの。内容は複数のアリメリを陽動し、移動中に父が乗っている車にぶつけるっていうシンプルなもの。アリメリの習性を知っている集団だから銃を持ってさえいなければ、普通の人に扮して計画を容易に遂行できるわ」

「そんなことって」

「できるのよ。実際、計画通り、彼らは二体のアリメリの陽動に成功、移動中の父と私が乗っている車に接触させたわ。今考えると、車の横を走って逃げていった人たちの中にアーヴィの団員が混ざっていたのね。

アリメリは私たちの車を襲撃。フロントガラスに突っ込んで父の秘書で車の運転をしていた人をアリメリはまず襲ったわ。車は父の秘書が驚いた拍子に踏んでしまったアクセルのせいで、急発進。ハンドルは変な方向に向いてたから、歩道のガードレールに突っ込んだわ。車は大破。ガードレールに突っ込んで止まったわ。秘書が襲われているとき、私と父は何もできなかったから、助けを求めに車外へ出た。

その時、陽動されてきたアリメリの一体が車外に出てきた私たちを見つけて、一目散に襲い掛かってきたわ。父は娘の私を襲わせまいと私を庇ってアリメリに捕まったわ。

私がその様子を動くこともできずにただ見ていると、私の腕を引っ張ってアリメリの現場から引き離した人がいた。予想してなかった存在である私を助けるためなんでしょうね。あの人はハンドガンをホルスターに入れて吊るしていたから、アーヴィの団員かもね。その人は父と秘書を助ける素振りを見せなかった。秘書はまあ、すでに死んでいたから助けることは不可能なんだけど、父を助けることはできたはずよ。けど、彼らは助けなかった。当然よね、ターゲットは私の父だもの。私は腕を引っ張られながら、アリメリが父の体内に侵入して、そして、一瞬の内に父の体を流れる血液を吸い出し絶命に至らしめた所を見ていたわ」

「それで、どうしてあなたが銃持ちで、その上敵(かたき)であるはずのアーヴィに入ったの?」

「敵、そうね。確かに敵なんだけど、私の意識の中にはその時父を助けなかった人たちが憎い、恨めしいという感情はなかったの。私の意識の中にあったのは、自分が銃を持っていたら父を助けることができたはずだったのにっていう、後悔なの。まあ、中学生にも満たない子供が銃を持つことができるはずもないんだけど。

アーヴィに入った理由は、ただ父がアリメリに殺されたときに思った時の後悔を払拭するため、そして私が目指しているアリメリから人々を守るっていう目的に一番近いところだったってだけよ。これは後で知ったんだけど、父を襲う計画を立てた団員はのちに父を殺害する計画を立て、実行したことがこちらの上層部にばれて、アーヴィを追放されたわ。それに父の遺品を整理するときに、父が銃否定派の運動を推進する裏で、銃持ちに不利が働くように指示をしてたっていうことを知った。その時点で父の死を惜しいとは思わなくなったわ。今では痛み分けだったと思っているわ。私が父を失ったのは、ただ運が悪かったっていうだけよ」

 華凜は目を伏せ、どこか諦めたような口調で最後の言葉を言った。

「私、帰るわ」

 真優華は教室を出ようとした。華凜とこの場を共有することは彼女にとって耐えられるものではなかった。すると、華凜が真優華を呼び止めた。

「今日は帰るときに寄り道をしない方がいいわ。さっき、アリメリと思われる金属反応がこの付近で見つかったそうよ。まだ目撃情報が出てないから、避難勧告は出てないけど。銃の携帯をお勧めするわ。技術はなくても、逃げる時に役立つはずよ」

 華凜はホルスターから銃を抜き、こちらに渡すような素振りをする。

「辞めておくわ」

 真優華は足を教室のドアへ向けた。

 理解できない相手のものを受け取ることはできなかった。



  8.


 帰り道、真優華はさっき華凜から聞いたことを思い返していた。

 銃の必要性。

 力と犠牲。

 銃を持つ切っ掛け。

 銃持ちと銃否定派。

 真優華の中にはなかったものが、華凜の中にはあった。純粋な興味で彼女に話を聞いたが、聞いただけでは意味のないものであることが伝わってきた。

 華凜の言っていたことは真優華にとっては理解ができないものだった。しかし、これは自分が得たものでもある。

 後悔はしていないけれども、自分が幼いころから信じてきたものが揺れ始めているというのを感じ、不安が彼女の中に姿を見せ始めていた。

 華凜が自分の考えを真優華に推し進めることがなかったため、今彼女は自分で考える余裕を得ることができていた。

 周りの景色を見渡しながら帰る余裕もなく、自分の内側へと意識を集中させていた。


 自宅近くのアーケード街に差し掛かった時、真優華はふと我に返り、違和感に気が付いた。

 いつもの夕方なら、人々が買い物や下校中などで横行しているはずのそこには、今日は人が全くいなかった。

 店を出している店舗は開けっ放しで、電気も付いたままのところがあるほどだ。

 そして、彼女は華凜が言った言葉を思い出すことになる。

 近くで、アリメリらしき反応が見つかったという言葉を。

 直後、後方で重い落下物によりアーケードを舗装するタイルが砕けた音がした。

反射的に振り返ると、そこには私たちの天敵であるアリメリがいた。どこから出てきたのかはわからない。しかし、これは自らの生命の危機であると真優華の本能は彼女に警告していた。

 脅威を初めて目の前にして足が竦む思いがする。しかし、彼女の頭は生きるために本能で全身に走るように命令した。

 どこに逃げるべきだろうか。

反射的に走り出したせいで、どこに逃げ込むかを考えていない。しかし、逃げ込む場所を定めていなければ、アリメリよりも持久力に劣る人である真優華は途中でガス欠となってしまい、足が止まりアリメリに追いつかれてしまう。

 近くにアーヴィの施設、またはアーヴィが活動している施設はこのあたりにあっただろうか。

走りながら町の対アリメリ用のハザードマップを見ると施設はすぐの場所には見当たらない。この辺りには銃否定派の人が多く、施設を作り辛いせいなのか。

 どこへ向かおうか。

 走って逃げる終着点、他の人が居そうなところを考えるために立ち止まりたいところだが、後方からタイルを割りながら迫ってくる足音を聞くと、立ち止まる余裕が存在しないことがわかる。

 どこに行けばいいの……

 次第に息が切れ始めた。思いっきり腕を振るために邪魔になって捨ててしまったのだろうか、いつの間にか持っていたはずの鞄が腕の中になかった。

 いくら走っても、アリメリは諦めてくれそうにない。足音の速さを聞くところから判断すると、アリメリの体力が切れそうな兆候はない。むしろ、こちらが遅くなっているせいか、足音の聞こえてくるテンポが速くなっている気がする。

 長距離を走りなれていないため、足が思うように動かなくなってきた。心の中で、動け動けと命令しているが、体の限界はもう目に見えるところにまで来ていた。

 誰か助けに来てくれないの。

 もう足の限界を超えてしまいそうだ。ずっと走っているがやはり近くに人がいない。どこかに隠れようにもこの距離では隠れようとしても意味がない。立ち止まった瞬間捕まってしまう。

 誰も助けに来てくれないの?

 体の限界を超えて走るスピードがガクッと落ちた。気力も尽きてしまい、足がふらつき始めた。息が荒すぎて、きちんと酸素が全身に送りこめていないような感じだ。

 ほとんど歩いているスピードと変わらないくらいにスピードが落ちたとき、足を躓き、バランスを崩してしまい転倒する。受け身をうまく取れず、地面に全身をしたたかに打ち付けてしまった。再び逃げるために急いで立ち上がろうとするけれども、全身に力が入らなかった。立ち上がることができないまま、真優華はもがく。

 周りにあったはずのアーケードがいつの間にか無くなっており、倒れている場所はアスファルトの上。周りは多分知らない場所。途中からがむしゃらに走っていて、今では全く自分の現在地がわからない。

 アスファルトの上で重い足音が近づいているのが聞こえる。そして、真優華の足の辺りでアリメリは止まった。

 すでに汗が体から出て、制服までも濡らしているが、それ以上の汗が出ているような気がした。

 アリメリの影が真優華の上に覆いかぶさっていく。その挙動はゆっくりのため、逃げれるか、と考えてしまうが、それはあまりいい策ではないだろう。走ろうと動いた瞬間、体を捕まれ、下手をすれば捕食される前に殺されてしまう可能性がある。助けが来そうにないけれども、少しでも可能性を信じるならここは大人しくしておいた方が賢明だと思った。

 影が真優華に完全に覆いかぶさると、アリメリは彼女の服を掴み、彼女を持ち上げた。

 体が地面から浮き始めるのを感じると、急に恐ろしく感じられ、真優華は体をじたばたと動かし始める。それは賢明じゃないと分かっていながらも、生存本能は生きようと全身に命令を出していた。無駄だと分かっていた。

 しかし、ついには理性が壊れ、見っともないほどの金切り声を上げて抵抗を始めた。心が完全に恐怖で埋め尽くされてしまっている。

 体が浮いていくにつれてそれは激しくなってきた。

 すると、アリメリがつかんでいたのが彼女のサマーベストだったため、アリメリの手の中にサマーベストだけを残して、彼女の体はするりと落ちた。急なことで彼女自身が気づくのが遅く、受け身を取り損ねる。再び体をしたたかに打ち付けた。全身に痛みが走るが、体は動く。立ち上がることはせず、這った状態のまま手足を動かし始めた。

 自分がどんな声を上げ、どんな表情をしているかなんて気にする暇はない。ただ手足を動かす。

 アリメリは手の中に捕まえたはずの獲物がいないことに気づき、すぐに逃げようとしている真優華に掴みかかろうとした。

 真優華はアリメリの手が迫ってきたと思い、反射的に体を縮める。

 アリメリの手は空を切り、一度目は失敗する。しかし、アリメリは再び掴みかかった。目の前の獲物はもう前進して逃げることもかなわない、体を丸めた状態にある。

 真優華は最後の抵抗として、悲鳴を上げ続てる。しかし、アリメリはそれを気にすることなく確実に彼女を捕まえようとしていた。

 アリメリの手はどんどん迫り、彼女の体に触れようとした。

 しかし、その手は途中で止まった。

 アリメリの頭にある核はその時、原型を留めていなかったからだ。

 アリメリの質量の重い体が、地面に向かって突っ伏すように倒れる。

 何の回避運動も取っていなかったが、辛うじて真優華はアリメリの巨体の下敷きにならずにすんだ。

 真優華は手が迫ってきた瞬間、目を固く瞑ったため、何が起こったか分からなかった。知らないうちにアリメリの頭の核が爆ぜ、アリメリを死に至らしめたのだ。

しばらく、呆けたような感じで自分の体のそばに倒れたアリメリの体が、撃ち抜かれた頭から黒ずんでいく姿を見ていた。

 すると、軽い足音がアリメリの足が向いている方向から聞こえてきた。これはアリメリではなく人間の少女のものだった。

 顔を上げてすぐ近くにやってきた少女は知っている顔をしていた。

「華凜ちゃん……」

 真優華は思わず、彼女の名前を口にしていた。真優華の声はさっきまで上げていた悲鳴のせいで擦れ、小さかったため、華凜の耳には聞こえていない。

 華凜はしゃがみ、倒れたまま丸く小さくなっている真優華を起こしてやる。

「生きていて良かったわ。立てるかしら?」

 ぼうっとしている頭をすぐに回転させて、真優華は彼女が言った言葉に答えられるように、立とうと試みたが、体に力が入らず体を華凜に支えられたまま動けなかった。

「ごめんなさい、動けない。全身に力が入らないの」

 助かったという安堵によるものだろうかと、真優華は考えた。

「そうでしょうね、あなた、私に体重預けっぱなしだものね」

 華凜に指摘されると、すぐに恥ずかしさが込み上げてきた。

「それじゃ、ちょっと体に触るわよ」

 耳まで赤くしている真優華を他所に、華凜は真優華の体を肩に担ぐように持ち上げた。

「うわっ、ちょっとどこ触ってるの!」

 急なことで驚き、少し体をじたばたさせてしまう。

「動かないで、落ちるわよ」

 バランスが崩れかけたところで、真優華はやっと体を動かすのを止めた。

 また地面に落ちるのは勘弁したいところだ。

「すぐ近くにもう一体、アリメリがいるの。今あなたを置いていくわけにもいかないから、仲間の所まで逃げるわ」

「アリメリ……」

 さっきの出来事をフラッシュバックして、真優華は思わず目を瞑った。体がまた震えだしていた。

「急ぐから、かなり揺れるけど、文句は後にして頂戴ね」

「……はい」

「それじゃ行くわよ」

 そして、華凜は走り始めた。



  9.


 真優華は華凜の肩に担がれながら、視線を動かしていた。

 揺れは激しいが、運んでもらっているのだから文句は言えない。

 目の前に見えるのは彼女の腰にぶら下がっているホルスターもちろん、そこには銃が収まっている。さっきはこれで自分を襲っていたアリメリを倒して助けてくれたのかと思い、少し複雑な思いがした。

 自分が幼いころから教え込まれていて、脅威としか捉えることができていなかったもの。日常生活を送るためには強すぎる力。しかし、いざという時にはこれがないといけなくなっている異常な日常。

 やはり、この力は必要なのだろうか。

 思考を巡らしていたその時、華凜が急停止し、バランスを崩しつつも後退した。それと同時に、真優華を肩に担いだ状態から、抱きしめることができる状態の場所に移動させた。真優華は突然のことに驚き、何があったのかわかっていなかったがすぐに理解した。また、アリメリと接触したのだろう。首を動かして、華凜の正面と同じ方向を見ることができる状態にすると、予想通りそこにアリメリを捉えることができた。

そのアリメリと目が合った。アリメリはすぐにこちらに襲いかかろうと、走り始めた。

 疲弊と再びの緊張により立てる様子のない真優華を華凜は片腕で、きつく抱きしめつつ、腰のホルスターから銃を抜いた。

 華凜の表情が険しい。それもそのはずだ。目の前にいるアリメリは通常の青透明の体ではない、くすんだ灰色の不透明な体をしているのだ。

(きょう)酸化体(さんかたい)……人の血に飢えた個体」

「まずいわね。応援要請はしてみるけど、当てにしないで頂戴」

 華凜の腕に力がこもった。

 目の前にいるのは、アリメリの中で数週間以上人を捕食することができなかった個体が、血に飢え狂暴化したもの。狂酸化体と呼ばれている。新しい鉄分を得ることができなかったアリメリの体内にある鉄は、時間がたつと酸化し、人間のコレステロールを含んだ血液のようにドロドロと循環するようになる。そのせいか、狂酸化体のアリメリに対して打ち込んだ弾丸の貫通力は低くなり、駆除するのが難しくなっている。そのうえ、彼らは血に飢えているため人を見つければ、通常よりも勢いよく一目散に襲い掛かってくる。その代り、動きは雑になるのだが。

 華凜は後退しつつ、狂酸化体のアリメリに弾を打ち込んでいく。しかし、貫通力を抑えられている弾では彼らの体を貫くことができない。そして、片手撃ちのため集弾率が下がっているため、核を狙い打ちづらい。

「くそ」

 舌打ちするものの、真優華を見捨てるつもりはなく最後まで守り切ると心に誓っているのか、腕に力がさらに籠る。

 銃を撃ち続けていると、銃の弾が切れたらしく、弾が撃ち出される所が後ろに下がったまま戻らなくなっていた。

 しかし、アリメリの核を撃ち抜くことはできておらず、弾を入れる必要があるみたいだ。

 アリメリは銃で何発か撃たれていたが、まだ走ってきていた。こちらは後退しているが、相手はこちらが後退する速さよりずっと速くこちらに迫っている。片手が真優華を抱きしめているせいで、使えないので弾の入れ替えはできない。華凜は空になった銃を腰のホルスターに戻すと、スカートに隠れるようにつけていた太もものホルスターに手を伸ばして、もう一丁の予備の銃を取り出した。

 しかし、その時には彼女たちは狂酸化体のアリメリの間合いに入ってしまっていた。

 アリメリは獲物を確実に仕留めるためか、動けなくするために拳をふるってきた。

 華凜はとっさに後退しつつ真優華を自分から突き飛ばし、自分は両手をクロスさせ、体を守った。

 体を後退させていたため、アリメリの拳の威力を弱めることに成功したが、それでも相殺しきれなかった威力は腕に直接ダメージを与えた。そのため、彼女の片腕は折れてしまっていた。しかし、それは銃を持っていなかった方の手なので銃を落とさずにすんでいた。

 再び銃を構えようとしたとき、アリメリの手が華凜を捕まえた。

「うがっ」

 掴まれたのは首。激しい痛みと苦しさに彼女は思わず、口を開けてしまった。アリメリを前に口を開けるのは禁忌であるのに。

 その瞬間、アリメリはすかさずにイルカの口の部分にあたるところを彼女の口の中に突っ込んだ。

 すぐに対処しようと、銃をアリメリに向けようとするが、アリメリはそれを空いている方の手で払い落した。

「!」

 華凜の表情が歪んだ。足でアリメリを蹴ってみるが聞いている様子はない。

 真優華はその様子を混乱したまま見ていた。このままだと華凜が死んでしまう。

 どうしよう。

 逃げてしまえば自分は助かるが、見捨てたくないという思いが先行しこの場から動くことができない。混乱したままの頭で辺りを見渡す、何か役に立つものはないのだろうか。丸腰で助けに行くのは無謀と分かっていたからだ。

 その時、真優華の目に一つのものが目に留まった。

 さっき、華凜の手からアリメリが叩き落とした銃がすぐ近くに落ちているのだ。

 真優華は銃のもとに走り、それを拾い、華凜の銃を撃っていた様子をまねて構えてみる。さっき、片手で撃っていた華凜の集弾性が悪かったのを思い出して、それを補正するために両手に直す。多分ここが照準なのだろうと、銃身の上にあるでっぱりを狙いたいところに向けた。

 今見えている角度に、アリメリの核が比較的よく見えている場所があった。おそらくあそこなら貫けると思った。当てる自信はないがやらなくては、華凜が死んでしまう。

 息を吐いて、真優華は決意し引き金に指をかけた。

 そして、引き金を引こうと指に力を入れた。

 しかし、引き金を引くことができない。何かが引き金の奥に引っかかっている感覚がするが、何がどうなっているかが分からない。

「どうして? どうして撃てないの!」

 何度も引き金を引こうとするが、引くことができない。

 このままじゃ、……このままじゃ!

 目に涙がたまり始めた。しかし、それでも引き金は引くことができなかった。

 そして、真優華が銃を撃つのに戸惑っていると、華凜がこもった悲鳴を上げた。

「いや、華凜ちゃん!」

 華凜の目が見開かれ、アリメリの体内に赤い液体、華凜の血が吸い込まれていくのが見えた。

 真優華の目の前は真っ暗になる。それと同時に、前方から発砲音が聞こえた。



  10.


 引き出しのダミーの壁を取り払い、真優華は拳銃を取り出した。H&KのVSP 対アリメリ弾専用モデル。

あの日、彼女が見せてくれたものと同じ型の銃だ。


 あの後、私が初めて見たのは、かつて入院した病院の天井だった。

 そして、私は華凛の死を知った。教えてくれたのは、当時のクラスメイトだった十月(かんなづき)京。目覚めた二日後の事だった。

 あの事件の後、日本の世論は銃持ちに賛成する方へ舵を大きく切っていった。人類の脅威としてアリメリが認識せずにはいられなくなる。その脅威に立ち向かい、死をもって命を救った少女、日庭華凛を偶像に建てることによって。

 彼女の死を利用したのは、一部のメディアや国の関係者だが、その切っ掛けを与えてしまったのは、私だった。

 私はかつていた世界から孤立した。銃否定派の人々からしたら疫病神以外の何者でもない。家族は引っ越しを余儀なくされた。私は高校を辞め、高校卒業資格を貰える通信教育に切り替え、しばらく外との関係を断った。

 高校を辞めたのは、銃否定派の人が多かっただけでなく、学校中の人気者であった華凛が死ぬ切っ掛けとなることにより、一部のファンによる嫌がらせが酷かったから。下手をすれば、大けがになるものもあった。

 両親は親のプライドとして育ててくれたが、積極的に私に関わろうとしなくなった。

 そんな中、私が求めたのは、今度こそ守るための力だった。そのための努力ならたくさんした。情報を集め、分析し、考えた。

 必要なライセンスもすべて取った。取るために利用したのは、今まで使いどころに迷っていたお小遣いやお年玉等。非合法なことはしない。それで得た力は脆いと思っていたから。実際どうなのかは知らないけど。

 そして、私は力を手に入れることができた。二年の月日が流れていた。


「これで私は引き金を引くことができるわ」

 彼女はそれを胸に一度あてた後、部屋の外へと向かっていった。新しいスタートを切るために。



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