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桜日和

桜日和 『白と黒』

作者: ほんごうさくら

「どんなもんです」

 ドヤ顔をしている。桜がこれでもか、と言わんばかりにその小さな胸を目いっぱいに張り(とても口には出せないが)、ドヤ顔をしている。

 完全敗北。真っ白に埋め尽くされた盤上は、僕が完膚なきまでに叩きのめされたことを如実に表している。まさに完全敗北ここに極まれり、といった感じだった。

「もう一回!」

 そう言って盤上の石を再び取り除く僕を見て、桜はドヤ顔に呆れ顔を混ぜたような表情を浮かべる。

「もう先輩の四連敗ですよ?オセロで私に勝とうだなんて、十年早いです」

「ぐぬぬ……」

 そう言いながらも真ん中に四つの石を置くあたり、桜もノリノリである。しかし僕も紺秋ばかりはただの無謀な挑戦に終わらせるつもりはなかった。なぜなら、


 桜に勝つための必勝法を見つけたからである!


「桜、一つ提案があるんだけど」

「何ですか先輩?」

「次の試合何か賭けないか?」

「えっ?」

 突然の強気な提案に怪訝そうな顔をする桜であったが、先程あれだけのドヤ顔をしてしまったため、引くに引けないと言った感じである。やがて覚悟を決めたように大きく頷いた。

「いいですよ。先輩が勝つなんてことは万に一つもありえませんから」

 普段あまり自身をひけらかさない桜がここまで言えるほどに、僕と桜の実力差は開いていた。

「じゃあ決まりだね」


 桜が通算五度目となる開戦を告げる黒石を置く。今度は僕が白だった。僕は何気なく桜の顔を伺いながら白石を置いた。平凡なターンが終わる。どことなく雰囲気が変わった僕の様子を察してか、桜が怪訝そうな表情を浮かべている。その可愛らしい顔を見て、僕は白石を置く。白石を置きながら僕は又桜の顔色を伺う。そこには少し眉をひそめる桜の顔が。僕はよし、と言う掛け声を何とか飲み込みながら石から手を離す。

 そうこうしている内に盤面は石で埋まっていく。盤面の優劣は僕には判断が付かないが、桜の思考時間は明らかに今までの勝負よりも長い。思わず笑いそうになる頬を引き締めながら、桜の次の手を待つ。石が二つ反転した。


「そういえば」

 ふと、思い出して僕は口を開いた。真剣な眼差しで盤面を注視していた桜がこちらを向いて首をかしげる。

「どうしたんですか?」

「賭けをするとは言ったけど何を賭けるか決めてないなと思って」

「確かにそうですね。先輩、何かありますか?」

「そうだなぁ」

 正直、打倒桜必勝法を身につけた僕に負けはない。それだけにあまり無理難題を押し付けるのも可哀想な気がした。

「んー。ジュースとか?」

「そんなところですかね」

 自分が負けることなど微塵も想像していていない桜の表情に、ちょっと意地悪をしてやりたくなった。

「どうせ先輩がおごることになるのに、ってい言いたげな顔だな」

 再び盤面に集中しようとしていた桜が視線をこちらに戻す。

「だって負けないですもん」

 自信満々に桜が答える。確かにこれまでの戦績を見れば実力さは一目瞭然だ。

 だが……

「それはどうかな?」

 ニヒルな笑み(本人談)を向け桜を見ると、そこには懸念を越えた疑念を孕んだ桜の顔があった。

「どういうことですか?」

 もう一度ニヒルな笑み(あくまで本人談)を浮かべながら、桜の表情を見た。

「わかっちゃったんだ。桜に勝つ方法。この試合僕が勝つよ」

 何を言われたのか理解した桜はムッとした表情を浮かべた。

「そんな必勝法あるわけないじゃないですか。どう考えても実力差がありすぎます」

「それが、あるんだよ。必勝法」

 ”必勝法”の部分で僕ができる最高のドヤ顔を見せてやった。桜はムーッと頬を膨らませ、

「いいですよ!それならもし私がまけたら何でも一個言うこと聞きます」

なんて。

 込み上がる笑いを噛み殺しつつ、

「なら決まりだね。負けたほうは勝ったほうのいうことを何でも一個聞く」

と、再び盤面に視線を戻す。桜もプンスカしながらも集中しなおしたようだ。よくもまあ、コロコロと表情が変わるものだ。

 そう、表情。

 これが僕が見出した桜打倒の秘訣である。

 桜は本当に屈託なく表情を変えるのだ。うれしいときは笑うし、悲しい得は悲しい顔をする。当たり前のことのように思えて実はなかなかそうでもない。そんな桜の美点とも言うべき特徴を利用させてもらうわけだ。こう判断すればいい。すなわち、僕が石を置く時に桜の表情が嬉しそうならそれは悪手、嫌そうな表情なら好手。現にこの必勝法を使った今回、明らかに桜の思考時間が長い。善戦しているのだ。盤面もおそらく五分かそれ以上なのではないか。幸い桜は盤面に集中しきっているため、こちらが桜の表情を注視していることには気付いていない。悪いな桜。勝ちはもらった。

 その後も一進一退の攻防が続いた。


 そしてついに六十四マス全てが石で埋まった。盤面は圧倒的。五十八対六。

「えええ」

 そう、


 黒五十八、白六。圧倒的に黒である桜の勝ち。


「え?なんで?途中までいい感じだったのに!?」


 完全敗北を喫して崩れ落ちた僕を見て、桜はご満悦な様子だ。

「私の勝ちですね。さて、何をしてもらおうかなっ」

 語尾に音符が付きそうなほどに上機嫌な桜を横目に僕は最後の足掻きをした。

「だって、表情で……」

 その瞬間おかしそうに桜は吹き出した。

「最初はおかしいと思ったんですよ。突然いい手が多くなって格段に上手になってるんですもん。でも賭けの内容を決めている時に、先輩がこっちをじっと見てくるのでもしかしてと思ったら」

 必勝法、

「案の定でしたね」

 落つ。

 ちろっと舌を出して桜はもう一度笑顔を浮かべた。

「だから怒ったフリをしてなるべく本当の表情を隠しつつ、逆の反応をするようにしたんです」

 なるほど、試合中は盤面に集中していた桜だが、あのインターバルはこっちを見ていた。あの時こっちの真意を悟った桜は、こっちの揺さぶりを逆手に取ったわけだ。最後は白かったと思った石が呆気なく黒く塗りつぶされていった。

「うあー。完敗だー」

 この上ない完敗である。

「だいたい」

「ん?」

 少し言いよどんだ後、桜は言った。

「だいたい、あれだけじっくりと見つめられれば何か変だって気付きますよ」

 そう言って顔を赤らめてうつむく桜を見て、何となく勝敗などどうでも良くなってしまった僕は、今度こそ込み上げるにやけを我慢できなかった。


 後日桜のお願いが適用され、花火大会に行くことになるのだが、それはまた別のお話。

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