ア○ゾンに消ゆ
ショートショートです。
「今は何でもネットの時代ですからね」
新米刑事、大橋は言った。白いヒゲの剃り跡が残る先輩の(老齢の)刑事は頷く。
「その台詞、もう何年も前から聞いてるけどな。だがオレにはSNSもマイページも正直なんのことだかさっぱり解らん」
後輩の大橋刑事はノートパソコンを閉じて微笑む。
「要は〝時代は変わった〟と言いたかったのですがね……」
嘲笑うかの如く口元を歪めた大橋刑事は、どこへともなく歩み去った。腑に落ちないのが老齢のベテラン刑事である。
(あの野郎、オレの時代が終わったとでも言いたいのか。オレがこの道何十年だと思ってやがる)
ベテラン刑事に声を掛ける人影があった。
「やっさん、奥多摩の迷宮入り殺人事件のことで十分後に会議があるそうです」
「分かった」
一瞥して頷く。
ベテラン刑事、(やっさん)は考える。奥多摩の迷宮入り(しかけの)殺人事件は当初自分も関わったが、何の情報も得られなかった。このままでは大橋に先を越されてしまう。
(このままではマズイ……)
悩んだやっさんはノートパソコンを開いていた。電源を入れ、インターネットエクスプローラーのアイコンをクリックする。
そこまでがやっさんの知識と技術の限界だった。大橋のいつもやっていることの見よう見まね。パソコンの起動にパスワードが設定されていなかったのが幸いだった。
(大橋君は『インターネットを利用して様々な情報が得られる』と言っていた。ならこの「検索」と書いてある所に……)
やっさんは苦労の末、検索窓に「迷宮入り殺人事件の鍵」と入力してエンターキーを押した。パソコンを扱っていない世代が為せた奇跡である。
そして、画面が現れた。
「『迷宮入り殺人事件の鍵』ならア○ゾン」
「これだ……。やった、やったぞ!」
窓際族のやっさんが騒いだところで誰も相手にしなかった。それをいいことにやっさんは暴走していく。
「殺人犯の居場所」
と入力すると当然、
「『殺人犯の居場所』ならア○ゾン」
の表示が。地球上で最も売れている通販サイトの弊害がこんな所に。
尚も暴走するやっさん。
「『部下の大橋』ならア○ゾン」
「『全ての謎を解く鍵』ならア○ゾン」
「……よしっ、よしっ!」
(オレにもパソコンぐらい使いこなせる!)
「課長! このパソコンを証拠物件としてただちに押収してください!」
課長は数秒呆れてから「はぁっ?」と素っ頓狂な声を上げた。
「それは大橋君が使ってるノートパソコンだろう。なんでそれを押収するんだよ」
一笑に付す課長。当然だった。そしてどこかへ走って行くやっさん。
戻ってきた彼の手には黄色と黒の「立ち入り禁止」のビニールテープが。現場保存用の物である。課長は慌てて声を荒げた。
「き、きみぃ! 待ちたまえ!」
ビー、ビビビビ……。
ノートパソコンは開かれたまま、数秒でテープでぐるぐる巻きになってしまった。「立ち入り禁止」のパソコン。この時、部下の大橋刑事はトイレで長い(時間の)「大」をしていた。老刑事は自信ありげに言った。
「連続殺人犯は部下の大橋刑事です。〝ヤツ〟はアマゾンの密林に高飛びしました」
「本当かね……?」
課長がパソコンを一瞥すると、ア○ゾンの公式ページが開かれていた。老刑事は続ける。
「私は今年で定年です。ひと花咲かせたいのです! 南米アマゾンに出張の許可を!」
課長は老刑事の肩をポンと叩いた。
「行ってこい。二週間でも三週間でも」
老刑事が颯爽と去り、トイレから戻ってきた大橋刑事。
「あれ、酷いな。誰がボクのパソコンをテープまみれに?」
課長は背を向けたまま答える。
「何の実績もなくて名前も覚えられず、〝やっさん〟とか適当に呼ばれてるヤツだよ」
「でもやっさんに抗議してください! これは酷いです」
「それは無理だ」
目を瞠る大橋に、課長は向き直り告げる。
「仕事を放り出して海外旅行に行く刑事。彼は今日限りで馘だ」
(了)
脱力御礼 m(_ _)m