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霊婚

 私が結婚したその人は、暗くひっそりとした冷たいところでしか私と会おうとはしなかった。ラジオ体操の流れる朝も、球場のサイレンの流れる昼間も、ドヴォルザークの新世界よりが流れる夕方も、日の昇っている時間に私と会おうとはしなかった。決まって日が暮れてから、影と影とが解け合う時間にしか私と会おうとはしなかった。

 彼はいつも気だるそうにベージュのパナマ帽を斜めに被っていた。頬がこけていて生気のない、それでいて流し目の色っぽい不思議な人だった。性格の暗い人のことを影があると言ったりするけれど、彼は全く影のない人だった。

 あるとき、私の姉が妙なことを言った。


「本当は死んでるんじゃないの、その人」


 まさか、と私は苦笑いをした。その苦笑が緊張していくのに、そう時間はかからなかった。その次に彼と会ったとき、私は彼に足がしっかりとついているかどうか、確かめずにはいられなかった。どうしたんだい、と彼は不思議そうに笑った。私は彼の足首を掴みながら、何でもないのと笑い返した。

 結婚してから二年の間に私は二人の女の子を産み、そして結婚五年目に男の子を身ごもった。夏に産まれたその子は、それから半月後に死んだ。

 夫は二人の子供を残して私の元から去って行った。理由も言わず、さよならも言わずに。




 それからさらに五年経ったある夏の日、私は緑色の路面電車の走る向こう側にその人の姿を見た。日は真上に昇っていた。やはり気だるそうにパナマ帽を斜めに被っていたので、すぐに彼だと分かった。きっと女の人と一緒だとしたなら、私は彼のことを許せたかもしれない。けれど、けれど。

 流し目のよく似合う彼は伏し目がちになって、こけていた頬に贅肉が付いて、片足を引きずって歩いていた。幸せそうには見えなかった。

 彼が郵便局の角を曲がるのを、私は最後まで見つめていた。そこで初めて、彼が本当は死んでいたのだと気付いた。夏に産まれた男の子は、彼の身代わりとなって冥府に落とされたのだ。

 そして、私はそっと呟く。さようなら、影のある人。

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