手垢のついた窓、あるいはロシア帝国の終焉
七つになったばかりの女の子が死んだ。華奢な身体の女の子だった。私とその子はそう深い関わりがあったわけではないし、その子が流行り病に罹っていたことも知らなかった。私は母からそのことを聞かされた。
「不憫ね」
私は何を言えば良いのか分からずにそんなことを言った。母も何をどう伝えれば良いのか分からないまま、体内に入り込んだ毒を吐き出すようにぽつりぽつりとその子のことを語った。
最初は高熱が下がらないので医者に診てもらったらしいけれど、そのときは抗生物質を処方されただけで済み、実際のところ、数日後には熱も下がっていたようだ。そしてある雪の日に喀血するまで、その子は束の間の春を謳歌したらしい。それからは押し込められるようにして自室に隔離され、看護婦を雇って世話をさせていたらしいけれど、喀血から一ヶ月も経たないうちに衰弱死してしまった。
その話を聞いたときには不憫だなとしか思わなかった。
あるとき、買い物に出かけた帰りにその子の家の前を通りかかった。表札のところに小さな花壇があり、枯れかけたチューリップが稲穂のように頭を垂れていた。駐車スペースには自家用車が停まっていて、人の気配が微かにした。それでもその家の周辺だけが妙にひっそりとしていた。二階を見上げると、その女の子の部屋だろうか、今はピンクのカーテンが開けられた窓が目に入った。妙に汚れた窓ガラスだった。
一週間くらい経った頃だろうか、私はそのことを思い出して母に話した。母は青い顔をして、こんなことを言った。
「女の子の手垢よ、それ」
死ぬ直前に最後の輝きのように元気を取り戻した女の子が、外に出してくれ、もう元気になったから外に出してくれと、窓ガラスに手や顔を押し付けて街の様子を眺めていたらしい。その僅かの間に窓ガラスに付着した手垢が、今もそのまま残っているというのだ。
食卓が、しんとした、ひんやりとした、そんな雰囲気になった。女の子の華奢な身体の分だけ、世界が空ろになってしまったようだった。