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恋愛しなくてなにが悪い 9

 しばらく顔を合わせずにすむから、これはいいタイミングなのかもしれない。

 行く前はあれだけ嫌だった出張も、いまはいいものだと思えてしまうのが、図太い神経といわれる所以かもしれない。

 図太くなければやっていけない。

 が。


 事件は打ち合わせ後に起きた。

「え、一部屋しか無い!?」

 フロントで場に合わないような大きな声を上げてしまったのは私です。

「ええ、聞いていたのは男性二人、ということでしたのでご一緒でもよろしいかと思いまして…」

「いまからもう一部屋用意してください」

 藤沢さんは冷静に対応している。

「すみません、本日満室となっております」

 フロントのひとは申し訳なさそうに言う。

「じゃあどっか他のところでもう一部屋取ります。どこかちかい宿泊所を教えてください」

「この時期は繁忙期でして、申し上げにくいのですが、どこも同じような状況だと思われますが…」

「そんな…」

 どうしましょう、と振り返って藤沢さんはあっさり言った。

「わかりました。山田、相部屋だ」

「はぁ!?」

 素っ頓狂な声を出してしまった。さっきから迷惑な客でごめんなさい…。いや私たち取引相手なんですけど。

「騒いだって部屋が空くことはないだろ」

「そうですけど」

「大丈夫だ、おまえを襲うことはない」

「…そりゃそうですけど!いいですか、異性が一晩同じ部屋なんて!一般社会においてそこが一番気にするとこです!さらりと言わないでください」

 藤沢さんは面倒くさそうに私を見下ろしながら、耳を押さえている。

「山田、うるさい」

「これだけ言って、言うことはそれだけですか!」

「会社のやつにばれなきゃいいだろ」

「ばれたら大変なことになります!」

 主に私の方が大変なことになるっての!

「あ、もうこいつほっといていいんで。部屋どこですか」

「こちらのお部屋になります」

 案内に続いて藤沢さんは行ってしまう。慌てて追いかけた。

「もう、藤沢さん!」

  

 お風呂と夕飯をいただき、旅館の方から「申し訳ございません」と日本酒一升とつまみを渡された。

「山田、一杯やるぞ」

 酒豪の藤沢さんは嬉しそうに受け取る。

「はいはい」

 もう開き直るしかないもんね。テーブルを挟んで正面に座る。

 最初は仕事の話をぼつぼつしていたのだけれども、そうネタはあるわけは無い。毎日一緒に仕事しているんだし。

 そこで個人的な話になっていく。昨日見たテレビとか最近行った美術館の話とか。藤沢さんは期待を裏切らず、博識な上に知識を増やすことに貪欲だから、話していると結構面白い。デザインに係わるものは感性が大事だとか言って、プライベートな時間もアンテナを張りっぱなしなようだ。

 話は面白いし聞いてくれるし面倒見てくれるし仕事できるしイケメンだし、藤沢さん好きってなるひとの気持ちはわからなくはない。

 と。

 藤沢さんがずばっときた。

「山田はなんで恋愛が嫌なんだ?」

「えー…」

 きたか、と思いましたよ。

「酒の席だ。言ってしまえ」

 手酌で日本酒を注ごうとしているのを見、急いでお酌をする。一応、先輩だし。お世話になっているし。

「うーん…こういうの言うのって付き合った相手とかじゃないんですか?」

 ついでに手酌で自分のコップに注ぐ。

「あんま深く考えんな。言ったら楽になるってこともあるだろ?」

「引きません?」

「いまさらだな。むしろ、」

「むしろ?」

「どんな話が出てくるか楽しみだな」

 完全に楽しまれている。これでは相談じゃないよ、面白ネタ披露で場を盛り上げるとかだよ、と思いながら思案する。いままでこんな話を誰かにしたことなかったら、言っていいものかと考えてしまう。

 一応、上司だし。

「ほら、いまはプライベートな時間だろ。なに話したって気にもしないな」

「プライベート、ですか」

 たしかに仕事は終えているし、この飲みも強制的なものじゃない。断る事だってできた。

 藤沢さんと飲むのは楽しいし。

 それでも「あー」とか「うー」とか言う私を見て藤沢さんは茶化さず辛抱強く待った。

 そちらがそういう態度ならこちらも考えましょう。

「…昔ですね」

「うん?」

「昔付き合った人がいて、そのひととのことでちょっとありまして、一時期男性がダメだったときがあるんです」

「ふーん。ちょっとって?」

 う。やっぱそこ突っ込むよな。藤沢さんの性格だとスルーしてくれないとは思ったけど。

 ビールをあおって酒の勢いを借りる。

「男見る目が無かったんです。初めて告白してOKもらえて喜んでいたらちゅー省いてえっちされたんです。体目当てに近づいてきてたってのが分かるまで、いいように扱われました」

「それから男が全然ダメになったわけだ」

「…………はい」

「へー、もっとすごい話が出てくるのかと思った」

「私には十分すごい話です」

「いまだに男はダメなのか」

「満員電車とかできるだけ女性専用車両使います」

「全部が全部そうできるわけじゃないだろ」

「なるべくそういう時間は外すようにしてますが、そういう時はすっごい我慢してます」

「ふーん。それ克服しなければ誰とも付き合えないだろ」

「だから、いいんです。付き合うつもりはないんですから」

「克服しようとは思わない?」

「どうやって克服するんですか」

「んー」

 しばし考えている風だった藤沢さんが、ぱっと視線を合わせた。なにかひらめいたときの顔だった。

「これは?」

 コップを持っていた指先に触れる。ひんやりとした藤沢さんの手が、私の右手に添えられる。

「触れるのはまだ、なんとか」

「じゃあこれは?」

 右手を話した手が今度は上に移動し、頭を撫で撫でされる。

「それは…気持ちがいいです」

「ふっ」

「いま笑いましたね!見ましたよ!」

「いやあ、俺わかったぜ」

 藤沢さんお得意のにやにや顔にちょっとびびっています。

「なにをですか」

「おまえ、意外と俺のこと好きだろ」

「はぁ!?」

「本当に嫌ならびくびくするだろ」

「な、なに言っているんですか!」

 私が藤沢さんを好き!?そんなの断じてない!

 でもそんなことを言われて平然としていられるわけも無く、赤くなったり怒ったりしている姿を見て、藤沢さんは本格的に笑い始める。

「……おまえ、意外とかわいいとこあるじゃんか」

 あ、藤沢さんってこんな風に笑うんだ。なんて頭の片隅で冷静な自分がいた。

「意外って失礼な」

 どう反応していいかわからずに、とりあえず突っ込む。

「…………山田、」

 名前を呼ばれる前、たっぷり間があった。

「なんですか」

「恋はするもんじゃない」

「え?」

「落ちるもんだよ」


 そう言って近づいてくる藤沢さんの顔。

 行動が読めずにじっとそれを見ていると、あたたかいものが唇に触れた。


 藤沢さんに、キス、されてしまった。

 頭の片隅でファーストキスだ、なんて冷静になっている自分がいた。


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