表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

恋愛しなくてなにが悪い 7

 さて、どうしたものか。


「おじゃまします」

 目の前のドアが開けられる。

「どうぞー」

 駅から10分、3階立てのマンションの2階の突き当りが桐生くんの家だった。

 玄関で靴を脱ぐ。

「上着預かるよ」

 ハンガーを片手に、空いている手を私の方に差出していた。

「あ、はい」

 上着を渡しながらぐるりと部屋を見渡す。1DKの部屋は綺麗に片付けられていた。

「綺麗にしているのね」

「綺麗にしたんですー」

 テレビ、ベッド、パソコン、こたつ机。

 それでも物が少ない部屋だと思う。家主の性格が現れているのだろうか。

「さて、どうしましょうか」

 髪を一つにまとめて買出ししてきたスーパーの袋を見遣る。と、桐生くんが手に水色の布を持っていた。

「はい」

「え?」

「ほら、はやく」

 ぐいぐいと押し付けられ仕方なくその布を受け取る。広げてみれば何の変哲も無いエプロンだった。

「エプロン…」

「はーやーく。着て?」

 これが白いフリフリのレースたっぷりのエプロンだったら、床に叩きつけていただろう。多分、桐生くんはそんな私の行動を読んでいる。

 たっぷり3分は眺めて、着た。着て害のあるものではないし。

「何作ってくれるのー?」

 うろうろとわたしの後ろから手元を覗き込む桐生くん。

「肉じゃが」

「わー。ザ・家庭の味って感じ」

 ふ。単純なやつめ。肉じゃがなんて切って煮るだけでできるのだよ。味付けだって簡単だし。

「キッチンも綺麗に片付いているけど、普段は料理とかどうしているの」

 シンクの上にはみごとにコップしかない。上の扉を開けると鍋やらフライパンやらがしまってあった。

 自炊の跡が無い。

「ほとんど外食」

「…体壊すわよ」

「じゃあおねーさんが毎日作ってよ」

「なんで私が」

「俺とおねーさんの仲だし?」

「なんにもないじゃない」

「へーあれをなにもないって言うんだ?」

 あれっていつのは例のあれであって。結婚式の日の夜のことよねぇ…。

「うっ」

 それを言われてしまうとなにも言えない。

「…あれは忘れてちょうだい」

「忘れないって言ってるじゃん」

「あーもー」

 スーパーの袋からジャガイモとたまねぎを取り出す。

「ご飯研いでちょうだい」

「はーい」

 こうしていると弟が出来たみたいでいいんだけどね。

「おねーさんは、普段から料理するの?」

「まあ人並みには」

「お弁当は作ってきてないよね?」

 いらんところまで良く見ているな。

「あー昔は作ってたけど、いまは止めちゃったの」

「…手作り弁当でもよかったかも」

「いやよ。同じお弁当なんていらぬ疑いをかけられるじゃない」

「疑いかけられていいじゃない。俺、別にかまわないけど」

「私がいやなの」

 狭い会社の中だ。すぐに噂は広まるだろう。そんなの恐ろしくて想像もしたくない。

 しかしなんで私にこだわるのだろう。

 こう言ってはなんだけど、あえて冷たい態度を取っているし、いいことなんてひとつもないと思う。

 それでも態度を変えないって。私のどこがいいのだろう。もっとかわいい子はいるし、桐生くんなら寄って来る女の子は多いと思う。イケメンだし、気が利くし、仕事できるし。

 それが結婚式で会っただけの私にこだわる理由が分からない。

 桐生くんは楽しそうに米を研いでいる。

 じゃがいもの皮を剥きながら、隣に立つ桐生くんをじっと見る。

「なに?見とれちゃった?かっこいい?お婿さんにしたい?」

 腰をかがめて下から覗き込むようににやにやと笑っている。

「なんでいきなりそういう発想になるのよ」

 つん、と左の肘で桐生くんの体をつつく。

「いやだってあーんな目で見られちゃ期待しちゃうじゃん?」

「どんな目よ。普通よ」 

「無自覚なのが一番罪深いよなー」

「なに言っているのよ」

「え?本気なんだけどなぁ」

「そんな本気いらないです」

「ねーおねーさんはさー」

 桐生くんがちょっと甘えた口調になる。

「なによ」

「なんで俺のことがダメなの?俺のどこがダメなの?」

「どこがって…」

「こういうと生意気だって分かっているけど、これでも俺もてる方なんだよ?俺が好きって言って落ちなかった子いなかったんだけど」

 どんな自慢だ。

 平凡な人生を歩んできた私には到底言えそうも無いセリフだ。

「…私は誰とも恋愛する気はありません」

 じゃがいもを切りながらそう言うと、桐生くんが不思議そうな顔をしているのが横目で見えた。

「なんで?理由聞かないと納得しないよ?」

 ふうと大きく息を吐く。

「そこを踏み込んでいいのはもっと近いひとだけよ。無遠慮に近づいてこないで」

「考えなしに言っているんじゃないよ。本気だよ。それでもダメなの?」

「桐生くんは聞き分けのない子どもの言葉よ」

「……」

 包丁を置いて桐生くんに向き直る。

 正面に見据えて言葉を続ける。

「過去に嫌なことがあった。それを話すのはそれ相応のひとよ。桐生くんではないわ」

「それって付き合うひとじゃないと言わないってこと?」

「そうね、そういうことよ」

 突然ぎゅっと腕を掴まれて桐生くんの方に引き寄せられる。

「え、え、えっ」

 そのまま桐生くんの腕の中にすっぽり入ってしまう。桐生くんの鼓動が聞こえてくる。耳元にかかる桐生くんの吐息にどきっとしてしまった。

 私とは違う筋肉のついた体。少し押し返したくらいではびくともしない。

 あの日の背中がフラッシュバックされる。

「…我慢しているんだからこれくらいいいでしょ?」

 何をだ、何を。

 いつもより低くてかすれたような声に、頭の中で警鐘が鳴る。聞いたことのある声だけど、こんな声いつ聞いたのだろう。

「……よくないわ!」

 ぐいっと両手を突っぱねて体を引き離す。桐生くんは思いのほかあっさりと腕の力を解いてくれた。

「ちぇー」

 いつもの茶目っ気たっぷりの桐生くんに戻る。なぜかほっとした。明らかにほっとした私をじっと見ている桐生くん。

「おねーさん」

「え?」

 声のトーンが落ちる。振り返ると真剣な顔をした桐生くんが居た。その真剣な顔にたじろいでしまう。

「桐生くん?」

 夕日が部屋を照らす。桐生くんの痛いぐらいの視線。

「俺を好きになれよ」


 言われたセリフが私には重すぎて、思わず目をそらしてしまった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ